ブラジル日系社会『百年の水流』再改定版 (24) 外山脩
その主導者たちに訊くと、一家族当たり五〇〇ミルの前借り、その他の要求をした。 移民たちは郷里を出る前に、親戚や知人の保証で高利の金を借りて渡航経費に充てており、返済のための送金を焦っていた。 南樹は到底無理だと思ったが、ファゼンダの支配人に伝えた。やはり駄目であった。 特に前借は「もし借り手が逃亡したら、誰が、それを払うのか」と言われれば、答えに窮した。 ここのカフェーの収穫量は、労働力三人の家族で一日三袋だったというから、ドゥモントよりは良かった。が、皇国殖民側の前宣伝とは、比べ物にならなかった。 ファゼンダには鹿児島県人一〇四人がいた。騒ぎの主導者の筆頭は原源八といい、これも巡査上りだった。 どうも、この章には、前歴が巡査だったという人間が多く登場するが、全くの偶然である。 その内、前記の電報で、サンパウロから水野、上塚の二人がペトロポリスの三浦通訳官と共に駆けつけてきた。 南樹は、まず原たち主導者を自分の家に集め、上塚と二人で話し合ったが、彼らは殺気立っており、喧々囂々、話にならなかった。 「この野郎が、この野郎が……」 と上塚を野郎呼ばわりし、 「もともとは移民会社が、我々を騙して、こんなところへ連れてきたのが悪い。水野はここに来て、剥げ頭を地面にこすりつけて謝れ」 と要求した。 交渉は物別れとなった。 この後、移民の代表者と水野と三浦がファゼンダの支配人宅のヴェランダで再度、話合いを持った。が、この時も、彼らは、 「おい水野、その面(ツラ)は何だ。しゃあしゃあしないで、何とかひとこと言え。俺たちはお前に騙されてこんな所に来て……云々」 といった調子だった。 支配人は、事態を同盟罷業と見做し、主導者七人を追放すると通告した。が、七人は承服しなかった。 直後、支配人は武力行使を決定した。 夜になっていた。すでに準備していた様で、暗闇の中、そこかしこから人影が現れた。銃を持った州警兵五人のほか、ファゼンダのカッパンガ(用心棒)、人夫数十人だった。銃、フオイッセ(大鎌)、棒を持っていた。 物音ひとつ立てず、風のない夜の道を黙々として歩き始めた。大空には無数の星が光っていた。支配人、南樹、三浦通訳官が同行した。 カンテラを先頭に立て、主導者たちが居る家の前に近づき、音もたてず不気味にピタッと止まった。州警兵を中心に左右に展開した。 日本の場合とは違う。この状況は実戦を意味した。銃が火を噴き、フォイッセや棒が振り回され血が飛ぶことは、明らかだった。 一触即発だった。 この時、三浦通訳官が、 「一寸待て!」 と警兵たちを制し、その家に走って行った。恐らく十分とかかってはいなかったろうが、南樹は一生が流れ去った様に感じた。 三浦が戻ってきて、支配人の手をむんずと握って言った。 「彼らは、明早朝、ここを去ります」 騒ぎは、それでひと区切りついた。 主導者七人とその家族計二七人が、ファゼンダを去った。 ところが、暫くすると、今度は自ら逃げ出す者が相次いだ。女子供づれである。 ファゼンダでは、カッパンガが常時、銃を持って見張っているので、危険が伴う。それでも逃げるのである。 実は、この頃になると、外部の仕事の方が賃金が良い……という噂が移民たちの間に伝わっていた。