<ルポ・ニューヨーク進出の獺祭>新たな食文化の発信へ、合理化の真逆をいく酒造りとは
ニューヨークで大吟醸酒を造る──。 日本酒の「獺祭」で知られる旭酒造(山口県岩国市)が2023年9月から世界初の試みを開始した。米国でのブランド名は「DASSAI BLUE(獺祭ブルー)」。「青は藍より出でて藍より青し」のことわざにあるように、弟子が師を勝る、本家・獺祭を超えるという意気込みで名付けられた。 【写真で見る獺祭NYのものづくり】 しかし、ここまでの道は平坦ではなかった。計画は17年にスタートしたが、20年の新型コロナウイルス感染拡大の影響で1年間工期がストップし、結果的に工費は当初計画の約4倍となった。なぜ、旭酒造は地球の裏側での酒造りをしようと志したのか? 家業に入って以来、主に海外営業を担当してきた桜井一宏社長にとって、ニューヨークでの酒造りの開始はさぞかし感慨深いだろうと思いながら、取材班はニューヨーク州ハイドパークにある「DASSAI BLUE SAKE BREWERY」(以下、獺祭NY)に向かった。 ニューヨーク・マンハッタンのグランドセントラル駅からMetro North Hudson Lineに乗車すること約2時間。終点のPoughkeepsie(ポキプシー)駅に到着する。マンハッタン島を過ぎ、ハドソン川沿いに北上すると、あっという間に、車窓はコンクリートジャングルから自然豊かな森林地帯に変わる。ハドソン川にはいくつもの橋が架かり、どれも違うデザインを楽しむことができる。 酒蔵とテイスティングルームを兼ね備えた獺祭NYはポキプシー駅から車で約10分の場所に位置する。現地には周囲に高い建物もなく、長閑な風景が広がっている。獺祭のキャッチコピーといえば「山口県の山奥にある酒蔵」だが、ニューヨークでもなぜ、同じような場所を選んだのか。 「それは、よく言われます。山口の山奥からニューヨークの山奥へ。ただ、それは偶然で、もともとニューヨークでの酒造りのきっかけとなったのがThe Culinary Institute Of America(CIA)という料理大学からのオファーを受けたからなのです。CIAはニューヨーク本校のほか、ナパバレーやテキサス、シンガポール校もあり、世界一の料理学校と言われています。和食ブームが続く中、CIAには日本食カリキュラムを充実させたい意向があり、『近くに酒蔵を建ててほしい』という依頼があったのです」(桜井氏) 獺祭NYは、スーパーの跡地に建設された。環境に配慮する形で、躯体はそのまま使って外壁を張り替えた。ただ、耐重性を高めるため基礎工事などは一からやり直したという。