死と隣り合わせも…不思議なユーモアと人間味 制作費は通常の7倍、撮影期間1年 今も映画製作者に影響与え続ける「七人の侍」
【奇数が当たる!?集団時代劇の世界】 時代劇の世界には「奇数は当たる」というジンクスがある。真偽のほどは定かではないが、確かに奇数を冠した名作は多い。 【写真】“世界のクロサワ”を決定づけたのが「七人の侍」だった その代表が「七人の侍」だろう。1954年に公開された黒澤明監督の傑作である。 舞台は戦国末期の山間の村。野伏せり(野武士)の襲撃におびえる村人は、侍を雇って戦うことを決意する。村人の願いを聞き入れた歴戦の知将でリーダー格の島田勘兵衛(志村喬)により、五郎兵衛(稲葉義男)、久蔵(宮口精二)、平八(千秋実)、七郎次(加東大介)、勝四郎(木村功)が集められる。長い刀を肩に担ぎ、時に変顔や大声を出す野生丸出しの菊千代(三船敏郎)も加わり、竹やりを使った戦闘訓練も始まった。やがて刈り入れが終わったころを見計らうように野武士の物見役が偵察にくる。菊千代らは物見を倒し、聞き出した野武士の拠点の焼き打ちを図る。 作品の大きな魅力のひとつは登場人物のキャラクターだ。戦国の悲哀も十分背負った勘兵衛、その人柄にひかれ、任務を果たす五郎兵衛、平八、七郎次。すご腕の久蔵、実戦経験がなく、村娘志乃(津島恵子)とひかれあう勝四郎。そして侍と称していたが、実は家族を野武士に殺された農民の孤児であった菊千代。 平八は農民を表す「た」の文字と六つの〇とひとつの△を入れた旗を作る。その△は菊千代だと言って笑いあう面々。死と隣り合わせの状況で不思議なユーモアや人間味があふれる。それだけに後半、豪雨の中、泥だらけの激戦で彼らが生き残れるのか。すさまじいアクションシーンに手に汗握ることになるのである。 上映時間は207分。予告編で「黒澤明の強烈な叙事詩」「日本映画、始って以来の迫力!」と称されたのは過言ではなく、ひとつのシーンを1台のカメラで撮るのが当たり前だった当時、複数のカメラを同時に回すマルチカムを実行したり、雨をしっかりと映し出すため墨汁を入れた水を降らせたりと、黒澤作品ならではの斬新で完璧な映像は世界を驚かせた。通常の7倍もの製作費と一年の撮影期間を費やして完成した作品は、今も映画ファンを魅了し、映画製作者に影響を与え続けている。 (時代劇研究家) 七人の侍 1954年4月26日公開。黒澤明監督、脚本は黒澤監督、橋本忍氏、小国英雄氏の連名。第15回ベネチア国際映画祭では銀獅子賞を受賞した。