NHK 美術チームの真髄がここに! 『光る君へ』の世界を形作る職人技の裏側を聞く
越前:紙漉き農家
越前編で重要なのは、まひろと紙の出会いだ。越前和紙のひとつで打雲という名の高級紙が登場し、まひろははじめて柄の入った紙に和歌を書く。 『光る君へ』では紙がとても重要な存在として描かれている。 「文明が後世に残ったのは紙のおかげです」と山内さん。「人類にとって大切な紙作りを、越前では千年以上にわたり育んできました。冬の厳しい雪深い寒さのなかで紙づくりが行われていたことを表現したいと思い、越前・紙漉き農家のセットに力を入れました。場面自体はわずかワンシーンしかないとはいえ、まひろが紙がどうできるか初めて知る重要なシーンです。文学者にとって紙がいかに大事か感じる場面はきちんと視聴者にお届けしたいということで、地元の方から、紙の作り方や使用する道具を教わり、実際に紙づくりで使用している貴重な道具をスタジオに持ち込んでいただいたことで平安時代の紙工房を表現することができました。紙を作っている農家の人たちの役は、地元の紙職人の方々に演じていただきました。道具のご提供や出演のご協力がなければ成立しないシーンでしたので、番組の主旨を理解して全面的にご協力していただいた地元の方々には感謝しかありません」 山内さんはしみじみ振り返った。 「格子の窓からの灯りと衣装の雰囲気も相まって、あたかもフェルメールの『牛乳を注ぐ女』のような一枚の絵画のようなシーンが美しい画が撮れたと思います」 また、小屋の表の雪深さを表現にも力が入っている。紙作りには豊富な水が必要だ。実際は川に近い山のほうに小屋があり、川の水のなかで作業するが、そこまでは表現できない分、雪の深い感じを出すように心がけた。 雪飾りは毎回見るたび感動すると山内さんはスタッフの仕事を絶賛する。 「雪は、特殊効果のスタッフが綿で作っています。綿を毛羽立たないように気をつけながら、積雪を表現し、泡を降らして降雪を表現します。ほんとうに雪のように見えるのは、スタッフの魂がこもっているから。氷柱(つらら)も全部、特殊効果さんが特殊な樹脂で毎回つくっています。保存がきかないものなのです」 丁寧に作られた雪や氷柱のほか、小屋の外には紙の原料である雁皮(がんぴ)が干してある。雁皮を採って皮を剥いで煮て、綿のように柔らかくなるまでたたき続け、それを紙漉き舟のなかにいれて、紙漉きを行うのだ。 この紙漉き農家の表現に、山内さんたちは全力を注いだが、シーンとしては120分ほどで撮影が終わるものだった。それでも「この工程がまひろの目にどう映るか、表現したかった」と山内さんは熱く語る。 さらに驚くべき話があった。紙漉き農家と、ドラマ序盤で重要だった廃邸のセットを飾り変えて同じ日に撮影しているというのだ。 建物を流用し、飾りを変えることで驚くほど短い時間でセットチェンジをしている。これが伝統あるNHKの技術だと山内さん。 「足したり引いたりしながらセットを飾っていきます。まひろさん(吉高由里子)がXで、セットの建つ速さにびっくりしたとつぶやいてくれていて嬉しかったです」