パスポート取得に30倍の賄賂も 徴兵制で急変したミャンマーの市民生活
2023年12月、私は半月ほどミャンマーに滞在した。短期間ではあるが、最大都市ヤンゴンと古都マンダレーを散策し、市民生活の現状を垣間見た。 現在、ミャンマーには2つの政府が存在する。2021年2月1日に軍事クーデターを起こしたミャンマー国軍による軍事政権と、民主派側によってクーデター後に組織されたNUG(国民統一政府)。現状、実権を握っているのは前者なので、ヤンゴンなどの大都市に住む人々は、国軍や警察の動きにどうにか折り合いをつけながら生活するしかない。私の実体験を元に、都市部に住む一般市民の日常生活がどうなっているかをお伝えしたい。
治安の悪化と深刻なガソリン不足
まずは通信環境について。私はホテルではパソコンを、外出時はスマートフォンを使っていた。どちらもVPN(仮想プライベートネットワーク)が必須だ。スマートフォンについては現地郵電公社MPTのSIMカードを使ったが、それに加えてVPNアプリをインストールしておかないと全く繋がらない。逆に言えば、それさえしておけばGoogle マップやLINE、タクシー配車アプリGrabも使える。中国ほどのインターネット規制は行われていない。このテクニックはヤンゴンに住む友人から教えてもらった。彼らは軍政によるインターネット遮断を回避する方法を知っているのだ。 ただし、VPNアプリは時々勝手に切れるので、その度に再接続する必要があるし、そもそも繋がらない時もある。万が一外出時に繋がらなかったらお手上げだ。運に左右されるのが現状だ。 電力事情も悲惨だ。ヤンゴンでは国軍による計画的/強制的な停電が日常茶飯事で、これには軍に反発する一般市民への「兵糧攻め」の一面もある。停電の時間帯は地区ごとに異なり、輪番制で変わる。 外国人が宿泊可能な中級~上級ホテルなどは基本的に自前の発電機を備えており、停電が起きても対処できる(たまに対処できない時もある)。しかし一般家庭はそうはいかない。私もたまたまヤンゴンの友人宅を訪ねた時停電に遭った。発電機は無い。そうすると気温30度超えの乾季にあって扇風機もエアコンも冷蔵庫も使えない。こう暑くては寝るに寝られない。対応策として、友人宅は充電式の扇風機を購入した。日没後なら照明がつかないので蝋燭を灯すしかない。今の時代、一般家庭での照明として蝋燭を灯す国がどれだけあるだろうか。 夜18時を過ぎると人々は家路を急ぐ。夜は国軍や警察の動きが活発になるからだ。私が2023年6月にヤンゴンを訪れた時は「19時までにホテルに帰った方がいい」と地元の人に諭されたが、半年後の12月には「18時まで」に繰り上がっていた。そしてこの時間帯はタクシーがなかなか捕まらない。運転手も家に帰りたいからだ。 タクシーに乗る時はGrabなどの配車アプリが必須だ。もちろん道端でタクシーを捕まえることも可能だが、運転手が強盗と化すケースもある。Grabは運転手の顔写真・名前・評価が表示されるので変なことができないようになっている。そしてGrabは乗車前に料金が提示されるのでぼったくりを防ぐこともできる。 タクシーに比べてバスはずっと安価だ。しかし危険が伴う。ヤンゴンに住む友人から「集団強盗が流行っているから絶対に乗るな」と釘を刺された。相手はおよそ7~8人のグループで、ターゲットを絞ると一斉に襲いかかって来る。他の乗客は見て見ぬ振りだという。 ガソリン不足も深刻だ。2023年12月はそのどん底の時期で、ヤンゴン市内で頻繁に給油待ちの車列を見た。しかもそれが道路の右車線を独占しているので渋滞の原因にもなっている。早い人は開店前、それも夜明け前からガソリンスタンドに並ぶ。しかし本当にそこで給油できるかはわからない。タクシーで移動中、乗り捨てられた車が道路脇に放置されているのも目撃した。ガソリン価格の高騰ぶりも深刻だが、給油できない場合もあるというのが12月時点での状況だ。 物乞いや、それに準じた人々も多く見かけた。タクシーに乗り交差点で信号待ちをしている時、物売りの姿を見かけた。売る品々はミネラルウォーターや仏花など様々で、売り子の年齢も幅広い。年端もいかない少年少女が一台一台窓ガラスを覗き込んで客を探す姿は、そのあどけなさも相まってしのびなかった。私がヤンゴン市内の食堂で昼食をとっているとき、空腹に耐えかねた少年が恐る恐る店内に入ってきたが、言葉を発する前に店員に怒鳴られ、すごすごと店を出ていった。マンダレーの高速バス乗り場でも、出発時刻を待つ私に痩せこけた老婆が手を差し出し、金を求めてきた。こういった光景はクーデター前にもあったが、目にする頻度は増えている。