伊藤比呂美「がむしゃらと馬車馬──引用です」
詩人の伊藤比呂美さんによる『婦人公論』の連載「猫婆犬婆(ねこばばあ いぬばばあ)」。伊藤さんが熊本で犬3匹(クレイマー、チトー、ニコ)、猫2匹(メイ、テイラー)と暮らす日常を綴ります。今回は「がむしゃらと馬車馬──引用です」。去年の年末から休みなしと嘆く伊藤さんですが――(画=一ノ関圭) * * * * * * * あたしにはずっと休みがない。 思えば、去年の年末から休みなしだ。 この業界には年末進行というのがある。あたしが小さい頃、年末、印刷屋の父は家に帰ってこなかった。ドラマの『不適切にもほどがある!』で「働き方って、がむしゃらと馬車馬以外にあるのかね?」と阿部サダヲが言ってたけど、ほんとにそんなふうだった。あたしがこの仕事をし始めた頃、父が「あんたたちが遅れるからおれたちが帰れなくなる」と言ってたのをしみじみ聞いたもんだ。 例年、年末進行はクリスマス前に終わるのに、去年は終わらなかった。そのままお正月休みに突入し、地震が起きて飛行機が炎上して、すごいお正月だったが、あたしは休みなし。ひとつ書き終わってもまた次が来た。まるで昭和の頃の父そのもの。 忙しい忙しいと誰かに言ったら「みんな忙しいんですよ」と返された。そうだ、あたしだけが忙しいわけじゃない、自分が特別と思っちゃいけない、と反省した。でも忙しいもんは忙しいんだ、どうしたらいいんだい、とやるせない、やさぐれた気分になった。 しめきりは常に過ぎている。頭がふらふらするまで夜なべしているけど、終わらない。それで朝が起きられない。
つい先週のことだ。くそ忙しいのに外に出て人に会う用が毎日続いた。ところが出かける前に、最初の日は胃痛、次の日は頭痛、用は済ませたが、最後の日は心臓がしくしく痛くなって、いかんこれはストレスだと気がついて、その日も、その後の予定もぜんぶキャンセルした。 こういう訴え、作家あるあるだろうが、ポイントはココです。──あたしがそこまで売れっ子の作家ではないということだ。悲しい事実ですが。つまり仕事量はたいしたことない。ただ要領が悪いだけ。 認めたくはない。認めたくはないが、昔はもっとさくさくこなしていたと思う。 集中できなくなっている。昔は一日でやった仕事が、今は三日も四日もかかる。それで忙しい時期にもスピードをあげられず、時間をかけ、のんべんだらりと仕事していって、結果としてこんなに、がむしゃらの馬車馬の日々になっている。 年のせいか。いや年というほど年取ってない。むしろもっと年取っていればいいのに、中途半端に年取ってるからだめなのかもしれない。あたしは現在六十八歳。「現在、わが国では65歳以上を高齢者、そのうち65~74歳を前期高齢者、75歳以上は後期高齢者と定義している」と日本医師会が定義している。定義されちゃっちゃおしめえだなと思いながら、あたしには高齢である自覚がない。