A350、海保機衝突で電源喪失 CFRP機初の全損、消火救助も課題=羽田事故
国の運輸安全委員会(JTSB)は、羽田空港で今年1月2日に起きた海上保安庁機と日本航空(JAL/JL、9201)機の衝突事故に関する12月25日公表の経過報告(中間報告)で、両機の衝突は、エアバスがA350-900型機の設計で想定していた基準を大きく超えるものだった可能性があると指摘した。コックピットや客室に大規模な損傷はなかったものの、客室のインターホンやEVAC CMD(脱出指示装置)などの機器類が衝突後に電源喪失で使えなくなり、電気系統をはじめとした重大なトラブルが発生。状況により人的被害が拡大した可能性があった。 【画像】衝突直後のエンジンの様子など ◆衝突後の電源喪失課題に 事故は今年1月2日午後5時47分ごろ、前日に発生した能登半島地震の被災地向け救援物資を新潟空港へ運ぶ海保機MA722(ボンバルディアDHC-8-Q300型機、登録記号JA722A)と、JALの札幌発羽田行きJL516便(A350-900、JA13XJ)がC滑走路で衝突し炎上。海保機は乗員6人のうち機長を除く5人が亡くなった。JL516便は乗客367人(幼児8人含む)と乗員12人(パイロット3人、客室乗務員9人)の計379人が搭乗していたが、全員が3カ所の出口から緊急脱出し、脱出時に1人が重傷、4人が軽傷を負った。 経過報告によると、両機が衝突時にA350のコックピットや客室に大規模な損傷はなかったものの、床下の電気室が破壊され、電気系統と操縦系統、ブレーキ系統などに重大な損傷が生じた。衝突で発生した機体の火災が、客室内に延焼するまでの時間は約10分だった。 この影響で、衝突後も客室内の非常灯は点灯したものの、機体前方と後方の客室乗務員同士の連絡や機内放送(PA)に客室のインターホンが使用できなかった。機長もコックピットからPAができず、EVAC CMDも作動しなかった。経過報告では、機体が停止後、電源系統が機能しなくなった可能性を指摘している。 また、衝突後に機体が停止するまで、A350の左右の主翼に1基ずつ、計2基あるエンジン(ロールス・ロイス製Trent XWB)は回転し続け、機体停止後に左エンジン(第1エンジン)は停止したが、右エンジン(第2エンジン)は衝突直後の損傷で機体の通信ネットワークから断絶された状態になり、回転を続けた。 ◆乗務員全員が事故前1年以内に訓練受講 右エンジンが作動し続けていたことから、客室乗務員は左右に片側4カ所ずつ計8カ所あるドアのうち、右側は最前方「R1」ドアのみ使用。左側は最前方「L1」と最後方「L4」の2カ所を使い、脱出スライドを展開して乗客を避難させた。非常脱出に使用しなかったL2、L3、R2、R3、R4の計5カ所のドアについては、担当する各客室乗務員が外部の火災を確認し、乗客が誤ってドアを開けないよう、持ち場から離れずに状況の監視を続けた。脱出スライドを使う際、傾斜が急だったL4ドアについては、担当の客室乗務員が「座って滑って」と指示していた。 機長からの脱出指示は当初肉声で、客室前方にいる責任者の先任客室乗務員、L1担当とR1担当の客室乗務員に伝えられた。一部の客室乗務員は拡声器を使ったが、乗客に対する避難指示はほぼ肉声だったという。 インターホンが使用できない状況下で、機長と先任客室乗務員が機内を歩いて乗客に非常脱出を指示。L4の客室乗務員は、前方にいる機長をはじめほかの乗務員からL1・R1ドアからの脱出が始まった情報を得られない状況だったため、客室内の煙の状況から自らの判断でL4ドアを開放し、非常脱出を始めた。 JL516便のパイロットと客室乗務員は、全員が事故発生前1年以内に会社が実施する定期救難訓練を受講していた。 また、L4から脱出した乗客の中にJALグループの社員が2人おり、会社関係者の指示を受けながら乗客を誘導。2016年2月23日に新千歳空港で起きた事故後、JALが実施している地上職者に対する訓練を2人は受講しており、訓練の経験を基に自分が着席していた座席周辺の乗客に対する避難指示を行った。 ◆初のCFRP機全損 JL516便のFDR(フライトレコーダー、飛行記録装置)は、海保機との衝突から約1.9秒後に記録を停止。衝突の0.8秒後にFDRへ電力を供給する電気系統「115V AC EMER BUS1」の出力が失われたと記録されており、FDRは電源の喪失または配線の損傷により作動を停止したと推定している。 一方、CVR(コックピットボイスレコーダー、操縦室音声記録装置)は、FDRが停止後も作動し続けていたが、機体が滑走路外で停止して5秒後に記録を停止した。滑走路からの逸脱や停止時の衝撃により、CVRに電力を供給する「28V DC EMER BUS2」の電源が失われたか、EPDC(電力配電センター)または周辺配線が損傷したことによる可能性が考えられるとしている。 今回の衝突事故は、A350が初めて全損・全焼した事故であるとともに、CFRP(炭素繊維複合材)で胴体が作られた機体としても初の全損全焼事故となった。経過報告によると、火災で焼失した機体構造の大半は、CFRP製の構造部材だった。A350は機体主構造の材料重量でみると約53%が複合材で、胴体や主翼、尾翼などの主構造がCFRP製、コックピットはアルミニウム合金で作られている。 また、消火活動にあたった空港消防の職員や東京消防庁の消防士は、CFRPが燃えていることや留意点を知らず、粉塵防護の装備をせずに活動していた。JTSBでも、航空事故調査官に対し、CFRPを使用した機体の火災現場で発生する粉塵の危険性について教育は行われていたものの、当初は十分が防護対策がとられておらず、翌日から調査に加わったフランス当局からの指摘を受け、対策を講じた。 JTSBの経過報告は、法律で定められた1年以内の調査終了が困難なためで、「社会的関心が強い事故」(武田展雄JTSB委員長)として、経過報告としては異例の資料を含めて200ページ近い報告書になった。一方、「事故防止や被害の軽減に寄与することが目的で、事故の責任を問うものではない」と、調査の趣旨を強調。今後は衝突後のJAL機の損傷状況、JAL機から非常脱出時に重大な人的被害が出なかったことも含む脱出状況、消化や救難の状況などの分析を進める。 最終的な調査報告書の公表時期は確定していないが、機体の安全性などに関するもので、必要性が高いものは最終報告よりも前の段階で、機体メーカーなどに提言する可能性もある。
Tadayuki YOSHIKAWA