「年収200万円台」が当たり前…60~70代「働く高齢者」の意外と知らない「収入実態」
定年前に下がり、定年後にもう一段低下する
先の図表では、定年前の収入額の変遷を分析するために、40代後半から50代まで3歳おきの収入分布を掲載している。このデータから、収入のピークは定年直前の50代後半ではなく、50代中盤にあることがわかる。 収入低下の第1のタイミングは50代後半に訪れる。これは、定年を前にした役職の引き下げによるものだと考えられる。一定数の企業は役職定年制度を定めており、それと同時に給与も下げる傾向がある。 役職定年制度の実態は、人事院が公務員の給与を算定する際に活用している調査である「民間企業の勤務条件制度等調査」からつかむことができる。 2017年時点において、企業全体の16.4%、従業員規模500人以上に絞れば30.7%の企業が役職定年制度を導入している。役職定年制度を正式に採用している企業は多くはなく、潮流としては一律に年齢で役職の上限を設けるという企業は減る傾向にある。 しかし、役職定年制度がない企業でも異動によって実質的な役職を下げて賃金を抑制するなど、運用によって賃金を引き下げているケースもある。50代後半になると早期退職で収入水準を下げる人もいるなど、個人の年収のピークは50代半ばにあることが多いと考えられる。 そして、第2の給与削減の波は、定年直後に訪れる。これは想像の通り、定年を迎えた段階で会社を退職したり、同じ会社で再雇用に移行したりすることで給与が減少するからである。 60歳から64歳の平均給与所得は55歳から59歳の8割程度である。これは、女性配偶者などもともとパートで働いている人なども含まれた数値となるため、50代で正社員で高収入を得ていた人などは低下幅はより大きくなると予想される。 正社員で勤め続けていた人に限定すれば、同じ勤務体系でも定年直後は定年前と比較して3割程度給与が下がるというのが実情のようである。
歳を重ねるごとに収入は着実に減少する
定年後、多くの人が年齢を重ねるにつれて徐々に稼得水準を下げていることにも着目したい。 つまり、定年後の所得状況をみると、年収水準は定年前後に不連続かつ一時的に減少するというよりも、むしろ定年前後以降に緩やかにかつ断続的に減少していくというのが実態に近い。 これはなぜかというと、歳を取るごとに自身に様々な変化が起こり、より無理のない範囲で働くよう就業調整をしているからだと推察される。 仮に50代でセカンドキャリアに向けて起業をしたとして、優秀な方であれば気力あふれる当初においては事業を順調に営むことができる。 しかし、65歳、70歳、75歳と歳を重ねれば、自身の健康面や仕事に向かう気力や体力などに変化が訪れる。やっと事業に目途がたったと同時に、その事業の縮小を余儀なくされることも珍しくない。 あるいは、定年後に嘱託やパート・アルバイトといった形で非正規雇用で就業を続けている人であっても、歳を取るごとに収入をある程度犠牲にしてでも就業時間を制限し、より無理のない仕事に調整することがある。 定年後のキャリアに向けて、仕事で挑戦を続ける姿勢を否定しているのではない。むしろ、多くの人が高齢になってもスキルアップを続けて社会に貢献することは、社会的に好ましい。 実際に70歳時点で700万円以上の年収を稼ぐ人は就業者のなかで5.2%と一定数存在している。世の中にあふれている成功体験をみるまでもなく、年齢にかかわらず挑戦を続け、大きな成功を手にする人が存在することは疑いのない事実である。 しかし、現実の収入分布をみると、そういった働き方を続ける人は少数派だとわかる。今後ますます人々の就業期間の延長は進むであろうが、過去からの推移をみても、定年後に高い給与を得る人が急速に増加していくことはこれからも考えにくい。定年後高収入を実現している人は現実的な人数としてはそう多くないのである。 つづく「多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体」では、失われた30年を経て日本経済はどう激変したのか、人手不足が何をもたらしているのか、深く掘り下げる。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)