案外知らない、ADHDの子に生じてしまう「二次的問題」や「後遺症」…「ADHDの子」と接するときの「バカにならない工夫」
ADHDの特徴と対応のコツ
あまり波乱のない治療経過であるが、このような経過が治療を比較的早くから開始した純然たるADHDの一般的な経過である。I君に示されるように、多動そのものは9歳前後に消失する。その後も不注意は持続するが、適応障害に結びつくほどの行動の問題はこのあたりから急速に改善することが多い。また不器用も一般的に10歳を越えたころから急速に良くなる。 しかし多動に基づく行動障害は、愛着形成の遅れをはじめとして叱責過多による自己イメージの悪化や、その結果、大人に対する反抗といった二次的問題を生じやすい。 ADHDにおける反抗挑戦性障害の並存は7割近くになるのである。さらに後年には非行に展開するものも少なくないといわれてきたが、実は非行への横滑りは次の章で扱う子ども虐待に伴う多動性行動障害に非常に多く認められる現象であり、筆者は、学童期からきちんと対応をしたADHDでは例外的であると思う。むしろI君に見られるように、自信の欠如や抑うつになりやすい傾向がもっとも一般的な後年の後遺症ではないだろうか。 ADHDの小学校年代の治療は、小学校低学年のハンディキャップをいかに減らすかということに焦点が当てられる。その基本の一つは薬物療法であり、もう一つは環境調整である。 先にも述べたようにADHDの八割は薬物療法が有効であり、特に中枢神経刺激薬メチルフェニデート(リタリン)が世界的にもっともよく用いられてきた。この薬物が、ノルアドレナリン系とドーパミン系という神経経路の賦活をすることが徐々に明らかになってきた。先にADHDではこの両者の経路の未成熟があることを述べた。つまりこの薬物は、根本治療ではないとしても、それにかなり近いところに効く薬である。 子どもの心の問題に働く薬はこれまで、熱が出たときの熱さましなどと同様に対症療法に過ぎないと考えられてきたが、最近の脳科学の進展によって、実際に有効な薬が脳の病因に近いところに作用するという証拠が次々と示されるようになった。これは考えてみれば当然である。だからこそ有効なのだ。 筆者はメチルフェニデート(商品名リタリン)の服用に関しては、思春期に入る前に離脱するようにしてきた。小学校中学年以後、多動が軽減した段階で、テストなどの行事の日のみの頓服服用に切り替え、中学校年齢になれば中止とする。大多数の一般的なADHDにおいては、そのような薬物療法で十分である。 少し脱線におつきあいいただきたい。子どもの心の臨床に用いられる薬は大多数が保険適用外の薬である。世界的にすでに効果が何十年も前から明らかになっているリタリンですら保険適用外であり続けてきた。有効であることが世界的に証明されている薬物でも、子どもの臨床試験という、一定の手順が必要で膨大な手間とお金がかかる検証を、特にメチルフェニデートのような安い薬に関して行ってもメリットはなく、そのまま放置されてきたというのが状況があった。 その後、詳しくはふれないが、2007年になってメチルフェニデートが安易に一部の医者によって薬物依存者に処方されている実態が報道され、にわかにマスコミで取り上げられた。その結果、リタリンの処方には厳しい制限がかけられることになった。この議論においてADHD治療薬としてのリタリンはなぜか全く取り上げられなかった。 より効果時間が長いメチルフェニデート徐放錠(コンサータ)の治験が数年前から行われていたが、この騒動に巻き込まれ、コンサータは2007年に承認はされたものの、登録された医師および薬剤師のみによる使用許可という、世界的に例のない厳しい使用制限が設けられることになり、リタリンは睡眠障害の一部のみに使用が可能になった。 またノルアドレナリン系の選択的賦活薬であるアトモキセチン(ストラテラ)が、近年治療薬として開発され、2009年には治験をへてわが国でも承認された。コンサータも、アトモキセチンも抗多動薬としては、優れた効果が証明されている。 これはADHDの治療薬の登場というだけでなく、わが国の保険適応外薬だらけという子どもの心の臨床領域の大問題についても一歩前進であり、大きな意義がある。臨床試験という困難に満ちたトライアルに挑まれた方々・ご協力くださった方々に、子どもたちに代わってお礼を述べたい。それにしても、わが国の児童精神科領域の薬物は多くが保険診療で承認をされていない状況が続いている。