<ガソリンエンジン>リーンバーン技術の失敗から生まれた「いい圧縮」の新技術
リーンバーンの失敗が生んだ噴射冷却
かつてのエンジンは圧縮比が8を超える程度だったが、様々な技術改良によって現在はこれを12程度まで上げることができるようになった。それは何故だろう? これまでに点火プラグの位置や燃焼室の形状など様々な工夫がされてきたが、一番新しいブレークスル―は、先週書いたリーンバーン(希薄燃焼)が生んだ意外な副産物だった。リーンバーンが失敗に終わった経緯は先週書いた通りだが、リーンバーンを実現するためには、燃料噴射の仕組みを変えなくてはならなかった。 従来の燃料噴射は、エンジンに空気を導く管(インテークマニフォールド)内で燃料を噴射していた。管の中に付着してしまう分の燃料は、管や外気の温度などの様々な条件によって揮発して燃焼室に流れ込んだり流れ込まなかったりする。燃えるか燃えないかのギリギリのところで緻密に燃料を制御しなくてはならないリーンバーンの場合、これでは制御が粗すぎる。そして一石二鳥の話として、燃料を噴射する力で渦が起きることも炎の撹拌に利用したい。だからより精密な制御を求めて燃焼室内に噴射ノズル(インジェクター)を設置したのだ。
しかし、実は違う一石二鳥が起きていた。空気がシリンダーに吸い込まれる時、霧状のガソリンがシリンダーに噴霧され、霧が蒸発して気体になる。そのときに燃料が空気の気化潜熱を奪って空気を冷却するのだ。すると温度が下がる。つまり空気の体積が減って充填効率が向上するのだ。圧縮比で本当に欲しいのは見かけの圧力ではなく、いかに多くの分子を小さな体積のところに押し込めるかなので、この冷却効果は大変に都合がいいのである。 こうして失敗したかに見えたリーンバーンで、噴射による冷却という新技術を拾ったのである。転んでもただでは起きないを地で行く話だ。技術者たちはリーンバーンを諦め、代わりに理論空燃費(ストイキメトリー)直噴に活路を見出した。こうしてまた一歩「いい圧縮」に近づくことができたのである。 ガソリンエンジンの理論熱効率は30%程度と言われている。最新のエンジンでも70%は排気や冷却熱などとして捨ててしまっているのである。この効率をどこまで上げて行くか、技術への挑戦は今日も続いているのである。 (池田直渡・モータージャーナル)