2024年のアメリカ大統領選と、過熱するメディア競争の行方
◇AIによる選挙戦への影響拡大にも注意を また、2016年の大統領選挙で大きな注目を浴びた「フェイクニュース」という言葉ですが、近年は生成AIも使われるようになり、フェイクニュース(偽・誤情報)を見分けることはますます難しくなりました。2024年大統領選に向けて、AIツールの悪用による偽・誤情報の拡散への懸念が高まっています。5月に私が参加したワシントン近郊で開かれたデジタル・キャンペーン・サミットでは、生成AIを駆使した偽・誤情報はどんどん精巧さを増していて、選挙への影響も懸念されるとして慎重な議論がされていました。一方で、政治コンサルタントの立場から生成AIの選挙キャンペーンへの活用の利点について指摘する人もいました。2008年にソーシャルメディアを使った「オバマ・キャンペーン」が注目され、その後選挙キャンペーンにおけるソーシャルメディアの利用がより洗練されていったことと同じように、今から使うことで生成AIを活用した新しい選挙キャンペーンの先駆者になれるといった期待も膨らんでいるようでした。 連邦議会でも選挙におけるAI利用を規制する法案が提出されていますが、立法化には時間がかかるでしょう。そのため、各事業者が独自に取り組みを進めていくのが一番の近道だといえます。グーグルが選挙広告へのAI利用の開示を義務付けるなど、大手テクノロジー企業は自主的にルールを設けて策を講じています。また、2024年2月にはグーグルやメタなど大手テクノロジー企業20社が「2024年の選挙におけるAIの欺瞞的利用に対抗するための技術合意」に署名もしました。しかし、それも十分とは言えないのが現状です。 生成AI音声を悪用したロボコール(自動音声通話)による選挙妨害の事例も注目されています。2024年1月、民主党のニューハンプシャー州予備選挙直前に、バイデン大統領の声を装った偽の自動音声電話により、投票に行かないように呼び掛ける妨害行為が行われました。これについては、FCC(連邦通信委員会)がすばやく対策を打ち出しました。電話消費者保護法の下で、2月には「AIが生成した音声を使うロボコールは違法」とする新たな規制を発表しました。 今後、悪意のあるフェイク動画などのコンテンツが本選挙に向けて懸念されますが、有権者側はこれまで以上に選挙情報に注意を払う必要があるでしょう。しかし、残念ながら万全の対策は難しいでしょう。日本でも、近年では災害が起こるたびにフェイク動画が拡散されています。今年元日に起きた能登半島地震の際もそうでした。現代社会はソーシャルメディアが普及し情報の拡散スピードが格段に速くなっています。こうした社会では、研究者はもちろん、メディア側も真偽の判断をより慎重にしなければなりません。また、ファクトチェック機関のチェック機能も重要です。 では、市民はどう向き合うべきなのでしょうか。まずは私たちには正確な情報をキャッチするための努力が求められます。3月にワシントンで話を聞いたメディアに詳しい研究者やジャーナリストから、要するに選挙戦で偽・誤情報に振り回されないようにするには、一人ひとりのメディアリテラシーが大切だという意見を聞きました。これは重要ですが、とても時間がかかります。大統領選挙が迫っている今は課題のほうが大きいと感じています。 短期的にできる対策は、「自分の好きな情報だけに触れる」のをやめることです。日本でも新聞やテレビを見る人の割合が減ってきていますが、インターネットで特定の情報しか見ないような、偏った情報収集は避けたほうがいいでしょう。自分が思う以上に「好きな情報だけ」に取り込まれており、特定の考え方から脱却できなくなっている危険性があります。私たちも意識して、さまざまなメディアに接するよう心がけたいですね。 ただ、現実的にはそうそうたくさんのメディアをチェックする時間は取れないでしょう。また、一度染みついた固定観念はなかなか抜けないものです。アメリカでは、公共放送のPBSに対してすら「リベラルに違いない!」と思い込んでいる人も保守派の中にはいます。現代社会でニュートラルであることの難しさを感じます。 一方で、過熱する大統領選のメディア競争に嫌気が差している人も少なくありません。政策の争点を深掘りせず、まるでホースレースのように各候補を煽り、中傷合戦をするといった「あまりにもひどい」報道に疲れてしまえば、有権者が選挙に行かなくなることもあるでしょう。2020年の大統領選挙は若者が動いたこともあって、史上まれにみる高い投票率でした。今年は果たしてどうなるのか。メディアの影響も含めて注目しています。 みなさんもぜひ報道のあり方にも注意しながら、今年の大統領選をチェックしてみてください。
清原 聖子(明治大学 情報コミュニケーション学部 教授)