犬用「柿ノ種」誕生のきっかけは?人とペットの関係性が変化、飼育数は減っても市場拡大の理由
こんがりと焼き色がついた三日月形で、見た目は「柿の種」そのもの。だが、醤油や油、塩を一切使っていない、犬用のスナックだという。2024年2月に株式会社スマック(愛知県東海市)が発売した。ヒューマングレードの原料だけを使った「柿ノ種 素焼きお米味」など全3種類。愛犬がカリカリッと音を立てて食べる様子に、飼い主も満足感を味わえそうだ。同社商品企画部マーケティング課の古田岳久さんに、商品誕生の経緯やペットフード市場について話を聞いた。 【写真】犬用スナック「プレッツェル」は全14種。「青森県産つがるりんご味」「九州産安納芋焼きいも味」などご当地の味の展開もある ■愛犬と一緒に柿の種を食べたい スマックは2024年4月に創立60年を迎えた国産ペットフードメーカー。棒状の犬用おやつ「プレッツェル」が好評だったため、同じように人間が食べるお菓子に模した新商品の開発を考えていた。そんななか、柿ピー研究家でフリーアナウンサーの中倉隆道さんから「犬用の柿の種を作れないだろうか」と提案があった。中倉さんは愛犬家で「愛犬と一緒に柿の種を食べたい」と思っていた。同社も「メジャーなお菓子だから、同じようにワンちゃん用があってもおもしろいのでは」と開発をスタート。同社と中倉さん、柿の種メーカーが共同で2年半かけて商品化した。 犬用の「柿ノ種」は、アレルギーを引き起こしやすい穀物などが含まれないグルテンフリー商品。「素焼きお米味」の原料は米だけで、「香ばしチキン味」「濃厚チーズ味」も、人間用の原料だけを使って味付けしている。 「以前、お客様に『ペットフードを購入しても、ペットが食べなかったら、もうゴミなんです』と言われたことがありました。犬は肉食に近い雑食で、猫に比べると何でもよく食べてくれます。それでも犬ごとに好みがあって“万人ウケ”する味を作ることは難しいので、全部で3種類の味をご用意しました」 安全性を考えて大きさにもこだわった。一般的な柿の種は2センチ前後だが、飲み込んでしまうのを避けるため、4センチを超える長さにした。焼き具合や色はもちろん、いい音が出るように厚みまで考え、現在の形にたどり着くまで数十回もの試作を繰り返したという。 ■ペットの満足が飼い主の笑顔に 同社は1964年に飼料メーカーである中部飼料株式会社の子会社として設立。最初の5年ほどは産業動物の栄養強化食などを販売していた。その後、これから暮らしが豊かになればペットを飼う家庭が増えると予見し、ドッグフード市場への参入を決定。国内初のドライペットフード専用工場を国内に建設して以来、ペットフードの製造・販売をしてきた。2020年には中部飼料グループから離れ、液状の猫用おやつ「CIAOちゅ~る」で知られるいなばペットフード株式会社などを傘下に持つINBホールディングスの子会社となった。 1960年代は、戸建てで3世代同居という世帯も多く、犬や猫は外で飼うのが一般的だった。大家族だと残飯も出やすく、それをエサとして与えていた。だが核家族化が進むと残飯の量が減り、人間の食べ物はペットにとって塩分過多になりやすいこともあって、栄養バランスをコントロールできるペットフードが普及したという。 同社は「ペットの笑顔のそばに」というタグライン(ブランドメッセージ)を掲げる。「いつもペットの笑顔のそばにスマックがいる。そんな存在であり続けるために、ペットとオーナー様が幸せになる企画開発を心がけています」と古田さん。栄養バランスだけでなく「すき焼き味」や「バーベキュー味」など、「ペットにも自分と同じようなおいしいものを食べさせたい」という思いを叶えるようなペットフードを販売してきた。 ■飼育頭数は減少でも市場は拡大 ペットフード協会によると、2022年度のペットフード産業の出荷総額は3875億円で、前年度比は110.1%だった。7年連続で増加しているが、国内の犬の飼育頭数は減少が続き、猫はほぼ横ばいだ。コロナ禍には「ペットを飼う人が増えた」といわれ、ここ2、3年だけを見ると新しく飼い始める人はたしかに増えてはいるが、飼育頭数全体を見ると2009年度をピークに減少傾向だ。ひとり暮らしや共働き、集合住宅といった事情から、犬を飼うのが難しくなっているという背景がある。 「現在は動物医療が進歩して、ペットの平均寿命は15歳ぐらいなので、ペットを飼える年代も限られるんですね。例えば高齢の方が飼おうと思っても終生養飼は厳しくなるので『好きだからこそ飼えない』という人も多いです。ペット業界の市場規模が拡大しているので好調には見えますが、人口が減少する日本では、ペットの数が増えるのは難しいのでは…というのが正直なところです」 また、古田さんは「生体入手の価格が昔に比べて高くなっている」という背景を挙げる。ペット市場では犬や猫は幼いほど人気が高いが、早くに親から離されると無駄吠えや噛み癖がつくリスクが高まるため、動物愛護管理法では、生後56日以下の子犬・子猫は展示や販売が禁じられている。その分、ブリーダーの負担は増えるため、小規模な事業者ほど継続が難しくなり、犬や猫の頭数が減って単価が上がる。 「ペットの数は減り、フードの出荷量も減っていますがペットフード市場(金額)は拡大しています。これは、1匹当たりにかけるフードの価格が上がっているということです。ペットは家族の一員ですから、長生きしてもらいたい。そんな思いから、食にこだわる方が非常に多くなりました。価格が上がるといっても、数千円になる程度。小型犬なら食べる量もそれほど多くないので払える金額です。さらに服を着せたり、おもちゃを飼ってあげたり、保険に入れたり。子どもの数が減っていることもあり、ペットにかけるお金は拡大傾向にあるのではないでしょうか」 ペットと人間を取り巻く環境の変化に合わせ、今後はさらにペットの健康に配慮したフードを開発するため、新しい工場を愛知県大府市に建設中だ。先進的な設備を取り入れた環境で、品質の高いペットフードの生産を目指す。また創立60周年を機に、ロゴマークを「笑顔」をイメージしたデザインに一新。「これからは世界のワンちゃんや猫ちゃんに向けてできることも探りたい」と、海外展開も視野に入れている。 「日本市場は人口減少や犬の飼育頭数の減少など心配なこともあります。それでもペットの健康寿命を延ばし、オーナー様が笑顔になれるような商品を作る。それだけは、これからも変わりません」と展望を語った。