【米大統領選2024】 7つの激戦州の影響力 勝敗を大きく左右
2024年のアメリカ大統領選挙で投票する権利をもつのは、約2億4000万人だ。しかし、勝敗を決めるのは、比較的ごく少数の人たちになりそうだ。 共和党候補のドナルド・トランプ前大統領か、民主党候補のカマラ・ハリス副大統領か、どちらが勝ってもおかしくない州は、「swing state(揺れる州)」と呼ばれる。選挙ごとに支持政党が振り子のように揺れ動きがちな州という意味だ。激戦州とも呼ばれる。 今回の選挙では、「揺れる州」は7つとみられる。アリゾナ、ジョージア、ミシガン、ネヴァダ、ノースカロライナ、ペンシルヴェニア、ウィスコンシンの7州だ。 このためハリス、トランプ両陣営はこの7州の無党派層の票を求めて、激しい選挙活動を展開している。 なお、アメリカ大統領選では有権者は大統領候補に直接投票するのではない。人口に応じて各州に割り当てられた選挙人が、11月の大統領選の結果をもとに、12月に大統領候補に投票するという、間接選挙だ。 各州で最多得票した候補が、その州のもつ選挙人全員を獲得する(例外のメインとネブラスカ両州は下院選挙区に選挙人を割り当てている)。全国の選挙人総数は538人。このため、大統領となるには選挙人270人以上を獲得しなくてはならない。 選挙人の仕組みについては、こちら。 ■アリゾナ グランドキャニオンの州とも呼ばれるアリゾナでは2020年大統領選で、1996年以来初めて、民主党の大統領候補が勝った。 アリゾナは何百キロにもわたりメキシコと国境を接しており、移民をめぐるアメリカ国内の論争の中心にいる。ただし、一時の記録的な違法越境に比べると、その数はここ数カ月で減少している。 ハリス候補はバイデン大統領から、不法移民危機の緩和に取り組むよう役割を与えられていた。このため、この問題についてトランプ候補はひっきりなしにハリス候補を攻撃している。 トランプ候補は、もし自分が再選されればアメリカ史上「最大の強制退去」をただちに実施すると公約している。 アリゾナでは、妊娠の人工中絶をほぼすべて禁止する1864年制定の州法を復活させるべきかどうかで、州最高裁や州議会を含め激しい論争が続いた。南北戦争時代のこの州法を撤廃する州法が今年5月に成立したものの、論争はまだ続いている。 アメリカでは2022年6月に連邦最高裁が、女性の中絶権を全国的に保障してきた最高裁判例を覆して以来、妊娠中絶が世論を激しく分断する論点になっている。 アリゾナ大学のリサ・サンチェス教授(政治・公共政策)によると、アリゾナでの勝敗には若い有権者や、最近移住してきた有権者の動向が大きく影響する。 「有権者は、自分の経済的な未来を確保してくれるのはどの候補か見極めながら、中絶や移民政策といった重要争点について両候補の立場を検討する」だろうと教授は話す。 ■ジョージア 2020年大統領選では、トランプ候補を支持する共和党関係者が複数の州で、選挙結果を覆そうとした。今回の激戦州の多くが、その舞台だった。 ジョージア州では、州都アトランタのあるフルトン郡で、トランプ大統領(当時)本人を含めて陣営関係者が選挙結果を変えようと画策した。その結果、前大統領自身が複数の州法違反で逮捕・起訴されるに至った。トランプ候補はこれを含めて4件の事件で刑事被告人となり、ニューヨーク地裁では重罪34件について有罪評決を受けている。 ジョージアでの事件では、トランプ候補が他の18人と共謀し、バイデン氏に僅差で負けた結果を覆そうとしたとされる。トランプ候補は罪状を否認しており、公判開始は大統領選後になる。 ジョージアの人口の約3割はアフリカ系。アメリカでも特に黒人が多く住む州のひとつで、有権者に占めるアフリカ系の割合が、2020年選挙での民主党の逆転勝利に貢献したとみられている。 アメリカ全体の黒人有権者の間にはバイデン政権に対する幻滅があると言われるものの、ハリス陣営はアフリカ系の支持を期待している。 トランプ候補がジョージアで勝つには、州内の共和党支持者の票をしっかり固める必要がある。トランプ候補は民主党にとって州内で不可欠な黒人層の票も、奪おうとしている。対するハリス候補は、大都市アトランタやサヴァナを中心に黒人有権者の票を大々的に確保する必要があるほか、若者やさまざまなマイノリティー層の支持を得なくてはならない。また、農村部ではトランプ候補が有利なため、ハリス候補がそれを克服するには高い投票率が必要となる。 ■ミシガン 五大湖の州としても知られるミシガンは、過去2回の大統領選で、最終的に当選した候補を選んでいる。他方、2020年にはそうしてバイデン氏を支持したものの、今回の選挙でミシガンはバイデン政権批判で注目されている。 パレスチナ自治区ガザ地区におけるイスラエルの戦争をバイデン政権が支持していることに、アメリカでは多くの有権者が反対している。そして、アラブ系アメリカ人が人口に占める割合が全国で最も多いミシガンが、その反対運動の中心地となっている。 今年2月の民主党予備選では、10万人以上が「支持者なし(uncommitted)」と抗議の票を入れた。この「支持者なし」運動でバイデン政権に反発する活動家たちは、アメリカのイスラエルへの軍事支援を中止するよう、政府に求めている。 こうした状況でハリス副大統領は、バイデン大統領よりもイスラエルに批判的な姿勢を示している。そのため、バイデン政権のガザ政策に抗議する人の一部は、ハリス候補の方が自分たちに同調するかもしれないとBBCに話した。 トランプ候補は、ミシガンが自分の勝利にいかに重要か強調している。中東情勢については、ガザ地区でイスラム組織ハマスと戦うイスラエルに対して、ハマス打倒を呼びかけると同時に、「さっさと終わらせるよう」にとも求めている。 政治学の専門家たちによると、民主党は大都市デトロイト周辺にある左派寄りの郡で支持を固めようとしている。他方、トランプ陣営は農村部で票を伸ばそうとしている。 ミシガン州立大学のマット・グロスマン教授(政治学)は、「白人、大卒ではない有権者、肉体労働者、伝統的に労組にかかわりのある人たちは(中略)共和党に接近している」と話す。 ミシガン大学のジョナサン・ハンソン博士(政治学)は、ミシガンの無党派層は多くの場合、インフレに強い不満を抱き「日頃それほど政治に関心をもたない、下位中産階級や労働者階級」が多いと指摘。両陣営はともに、この有権者層を獲得しようとしているという。 ■ネヴァダ 州内に多くの銀鉱山があり、銀の州とも呼ばれるネヴァダは2008年以降、4回続けて大統領選で民主党候補を選んでいる。 それに対して今回の大統領選でトランプ候補は当初、バイデン大統領を大きく引き離して優勢だった。しかし、ハリス副大統領が民主党候補になって以降、支持率平均の差はせばまり続けた。 トランプ、ハリス両候補とも、ネヴァダに多く住むラティーノ(中南米系)有権者の支持を得ようと争っている。 アメリカ経済はバイデン政権で堅調に伸び、雇用も大幅に改善した。しかし、新型コロナウイルスのパンデミック以降の経済回復において、ネヴァダは他州より後れを取っている。 米労働省労働統計局の6月発表によると、ネヴァダの失業率は5.1%で、コロンビア特別区(首都ワシントン)、カリフォルニア州に次いで全米3位の高水準だった。 トランプ候補は、もし再選されれば税金を一斉に引き下げ、さまざまな規制を撤廃すると公約している。有権者はこれを好感する可能性もある。 ネヴァダ大学のデイヴィッド・デイモア教授(政治学)は、パンデミック以前なら「ラスヴェガスに来てブルーカラーの仕事に就けば、寝室3つでプール付きの家に住んで、ホワイトカラーのように暮らせたはず」が、パンデミックでそれが消えてなくなったと話す。 それだけに、ネヴァダで勝つには経済回復に重点を置いた経済政策を強調することが必要だと教授は言う。 さらに州内の有権者の2割を占めるラティーノ住民の支持も重要だ。ネヴァダでは、ラティーノの有権者登録が特に低いため、ラティーノ層の投票率を上げることが両陣営にとって課題となっている。 ■ノースカロライナ 松脂から作るタールが豊富なノースカロライナは、「タールのついたかかと」の州とも呼ばれる。ここでも、ハリス副大統領が民主党候補になって以来、トランプ候補と支持率は拮抗しており、今では「五分五分」だという見方もある。 7月に銃撃されたトランプ候補が、事件後初の屋外集会を開く場所としてノースカロライナを選んだのは、そのことも関係しているかもしれない。 「この州で勝つのは、とてもとても大事なことだ」とトランプ候補は集まった人たちに強調した。 対する民主党は8月の全国党大会で、全国的な注目が集まる最終日という大事な場面で、ノースカロライナのロイ・クーパー州知事を登壇させた。 2020年選挙ではトランプ候補がノースカロライナで勝ったものの、票差はわずか7万4000票だった。このため民主党は今回の選挙で、ノースカロライナに期待している。 カトーバ大学政治学部のマイケル・ビッツァー学部長によると、民主党がノースカロライナで勝つには、ローリーやシャーロットなど都市部のほか、州東部の農村部で、黒人有権者が高い割合で投票する必要がある。さらに、州内の登録有権者の42%を占める43歳未満の層の、支持を固める必要がある。 ビッツァー氏によると、共和党が勝つには州内の共和党支持者がこれまでと同じように、民主党支持者よりも大勢投票する必要があるものの、共和党予備選でトランプ候補ではなくニッキー・ヘイリー氏を支持した共和党穏健派25万人の動きが注目される。さらに、ハリケーン・ヘリーンによる州内の被害は主に共和党支持者が多く住む州西部に集中していたため、これがどう影響するかも注目点だという。 ■ペンシルヴェニア アメリカ独立前後に13州が結束するための中心的存在だったことから「要石の州」とも呼ばれるペンシルヴェニアは、選挙人を19人割り当てられているため、激戦州の中でも特に重視されている。 両陣営はペンシルヴェニアでの選挙活動に力を入れ、トランプ候補もハリス候補も、さらには両陣営の副大統領候補もペンシルヴェニア入りを繰り返している。両大統領候補と両副大統領候補の同州入りは、7月半ばから50回以上になる。 ペンシルヴェニアは2020年にバイデン氏を支持し、その勝利に大きく貢献した。ハリス陣営は、ペンシルヴェニア、ミシガン、ウィスコンシンに特に注力している。 トランプ候補が最初に命を狙われたのもペンシルヴェニアだったが、同候補もこの州で精力的に選挙活動を続けている。トランプ候補を支持する大富豪イーロン・マスク氏が、有権者に金銭を配って問題になっているのも、ペンシルヴェニアでのことだ。 他の多くの州と同じように、ペンシルヴェニアでも経済が一番の重要争点だ。バイデン政権下ではインフレ率が全国的に跳ね上がってから、徐々に下がった。 このインフレの影響で、ペンシルヴェニアの住民も物価高騰のため家計が圧迫された。しかし、市場データ会社データセンブリーによると、食料品価格の上昇ペースの速さは他の州よりもペンシルヴェニアで顕著だった。 高いインフレ率の影響で有権者は今の経済状況について、否定的な見方をしていると世論調査は示している。そのため、インフレはハリス候補に不利に働くかもしれない。 トランプ候補は、バイデン政権による経済の状態には副大統領も関与していると主張することで、ハリス候補を攻撃している。ただし、アメリカ商務省の10月30日発表によると、7月~9月のアメリカ国内総生産(GDP)は、その前の3カ月と比べてプラス2.8%(年率換算)と成長している。 ムーレンバーグ・カレッジ世論研究所のクリストファー・ボリック所長によると、ペンシルヴェニアには都市部と農村部の両方に有権者がいるため、両陣営はそのどちらにも、経済、インフレ、移民、生殖権、医療といった重要論点についてアピールする必要がある。 このためトランプ候補は、2020年よりも得票を増やすには黒人やラティーノに訴えかけようとする可能性があるのに対し、ハリス候補は共和党支持者を自分に引き付けられるかが課題だと、ボリック氏は言う。 「この州では過去2回の大統領選で、結果はどちらも1ポイント未満の差だった。それだけにほんのわずかな揺れが、この州では大きく影響することがある」 ■ウィスコンシン 鉛鉱山で働く人たちをかつて「アナグマ」と呼んだことからアナグマの州とも呼ばれるウィスコンシンは、2016年と2020年の大統領選でいずれも、最終的な当選者を選んだ。しかも、2回ともわずか2万票あまりの票差で。 勝敗が僅差で決まりがちなウィスコンシンのような州でこそ、二大政党以外から出馬している候補が、影響力を持つかもしれないという意見がある。 世論調査は、無所属候補だったロバート・F・ケネディ・ジュニア氏が、ハリス候補とトランプ候補のいずれにとっても、懸念材料だと示していた。しかし、ケネディ氏は8月下旬に撤退し、トランプ候補支持に回った。 民主党は、緑の党のジル・スタイン候補や、左派系研究者のコーネル・ウェスト氏の出馬に強く反発してきた。 トランプ候補は、「ウィスコンシンで勝てば、丸ごと勝ちだ」と発言している。7月の共和党全国大会は、州都ミルウォーキーで開かれた。 ハリス候補も、8月末の民主党党大会でついに正式に指名されたとき、ミルウォーキーで支持者集会を開いていた。 ウィスコンシン大学マディソン校のマイケル・ワグナー教授(コミュニケーション・公共再生)は、ミルウォーキー郡や州都マディソンのあるデイン郡で、投票率をどれだけあげられるかが、ハリス候補の勝敗を決めるかもしれないと話す。しかも、都市部だけでなく、農村部の票を減らさないようにする必要もあるという。 対するトランプ候補は、共和党が支持を減らしてきた都市近郊で善戦する必要があると教授は指摘。ミルウォーキー周辺のそうした近郊部が特に注目されるという。 (英語記事 The seven swing states set to decide the 2024 US election)
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