脱北した元プロパガンダ記者が金正恩にとって「耳障りな声」を韓国から発し続ける理由
厳しく情報統制されている北朝鮮に、外部から情報を届け続ける「脱北者」たちがいる。その草分け的な人物に、米紙「ニューヨーク・タイムズ」が取材した。 【画像】金の団体が北朝鮮に送ろうとしている荷物の中身 金聖玟(キム・ソンミン)は、肺や脳、肝臓に転移したがんと7年間闘ってきた。医者から余命数ヵ月を言い渡されたばかりだ。痛み止めなしでは夜も眠れない。 それでも、金は北朝鮮に向けてラジオ番組を1日に2回放送し、厳しい検閲で遮断されているニュースや情報を国民に届けている。 62歳になる金は、韓国の首都ソウルの西に位置する江華島にある自宅で、「自由北朝鮮放送」の番組を録音・編集している。金は言う。 「北朝鮮は自国民を井の中の蛙のようにしています。その国民が自分たちの政治体制は何かがおかしいと気づく手助けをするために、われわれは放送しています」 韓国に暮らす脱北者たちはこの20年間、境界線を越えていく風船や金のラジオ局のような放送をとおして、北朝鮮に外部からのニュースや娯楽を浸透させてきた。 だが、北朝鮮の指導者である金正恩(キム・ジョンウン)は、自らの全体主義的な権力支配を脅かしかねない「反社会主義的・非社会主義的」影響にますます敏感になっており、そうした試みをかつてないほど厳しく取り締まってもいる。 北朝鮮の複数資料と韓国政府のある報告書によれば、当局は家々や歩行者を取り調べ、韓国からのニュースやテレビドラマを視聴したり、韓国人のように歌ったり話したり、服を着たり、テキストメッセージを送ったりするだけでも、公開処刑などの厳罰を科しているという。 北朝鮮はこの数ヵ月間、ロシアに軍隊や武器を送り込み、ウクライナとの戦争に荷担して、朝鮮半島の外で軍事力を発揮している。だが金正恩は国内では、外国の影響に対する防衛を強化しているのだ。 中国との国境沿いに壁を増築して、難民の流出および外部の物品や情報を密輸する人の流入を阻もうとしている。そこに配備された兵士たちには、射殺命令まで出している。 金正恩は、南北再統一にはもはや興味がないと宣言して、韓国とつながっている数少ない道路や線路を破壊している。さらに、厳格で網羅的な検閲法も新たに導入した。 韓国の合同参謀本部議長の金明秀(キム・ミョンス)司令長官は、「金正恩政権の抱く恐れをわれわれは感知している」と最近の国会で述べた。 北朝鮮は2024年、韓国から越境してくる外国のコンテンツを「汚物」と呼び、その報復として、ゴミをぶら下げた風船を送り、境界線越しに不気味なノイズを流した。
Choe Sang-Hun