データが示した「アジアで最も学ばない国」 現代の日本人から“勤勉”が消えた真相
大学院や資格の取得など大変そうな選択肢もありますが、読書やセミナー、eラーニングなど比較的手軽に日常的に取り組みやすい選択肢もあります。日本人が学ばないはずがないと目を凝らしてみますが、弁解の余地は見つかりません。 日本人ははたらきすぎともいわれているから、きっと労働時間が長すぎて学ぶ時間がないのではないかとも考えました。同じ調査レポート内にちょうどよい項目がありました。 「週あたりの労働時間」。ここに日本人の長時間労働の証拠があるだろうと調査結果を確認します。 最もはたらく時間が長い国はベトナム47.2時間、最もはたらく時間が短い国は日本39.0時間。ここでも印象と異なる結果が出ます。自分が抱くステレオタイプな日本人像は既に現実と異なっていることを認めざるを得ないのかもしれません。 そして、気になるニュージーランドもチェックしてみます。週あたりの労働時間は39.9時間で、日本、オーストラリアに次いで3番目に労働時間が短い国でした。羊の数が人の数より5倍多いといわれ、老後に悠々自適で暮らしたい国、ニュージーランドは日本よりも長い時間はたらいていました。
個人の努力ではなく「評価」の問題
次に、はたらくうえで学びがどう評価されるのか、という観点で考えてみます。極端に表現してしまいますが、社会人が会社に評価されるときの評価基準は次のようなものです。 ――新卒一括採用では学歴を評価し、入社後は実務を評価し、転職市場では学歴&実務経験を評価する。―― 第一に、新卒一括採用で評価されるのは学歴です。最近は優秀なデータサイエンティストなら新卒でも年収1000万円をオファーする例が見られるようになり、人と企業の一期一会を十把一絡げに語るべきではありませんが、ここでは新卒一括採用というモデルと捉えて扱います。 企業は、実務経験はないがポテンシャルのある人材を定期的に採用することで、組織の年齢構成上のバランスを図り、技術やノウハウの伝達を安定的に行うことで、持続的な事業活動を支えます。ポテンシャルの高さを見極めることが重要であるために、SPI試験や面接などを通じて選考を行いつつ、学歴も十分に参考にします。学歴という競争の結果がポテンシャルを見極めるフィルターとして一役買っていると考えられているためです。 第二に、入社後は実務を評価します。こちらも企業が社員に求めるものによって評価制度は異なりますし、ひと括りにすべきではありませんが、あくまでもモデルとして評価の仕組みを扱います。多くの会社では半期や通期に一度、個人に対して評価を行う形を採っています。評価基準は会社ごとに異なりますが、基本的には実務内容に対して評価します。学習履歴や取得した資格によって評価しようとする傾向もあります。 これは、多くの会社でよくある評価面談の一幕です。 部下「期初の目標設定で資格取得を掲げていましたが、忙しくて取得できませんでした。実務の目標に対しては100%以上の成果を出すことができました」 上司「資格取得の目標を達成できなかったことは残念だが、実務の目標に対して100%以上の成果を上げてくれたことでうちの部も助けられた。良い評価をしたい」 私も評価者として幾度もこのシーンに出くわしました。正直に言えば、部下が立てた目標設定に学習に関する目標が記載されていたら、これが達成できなかったとしてもマイナス評価するのは現実的でない、と思ってしまいます。 第三に、転職市場は学歴と実務で評価します。まずは、その職種を実務で何年経験したかを見ます。そのうえで、どのような実績を出したか、業態や企業規模などの業務の類似性が高いかなどを確認します。 たとえば、営業職の採用においては、営業職を経験してきたことが大前提であり、そのうえで業態(たとえば製造業)、製品(たとえば電子デバイス)、商慣習(たとえば完成品メーカーから納期や価格に関して強い要求を受ける)、成果(たとえばスマホメーカーのような要求の厳しい顧客に対して納期遵守によって取引を拡大させた実績)などを評価します。 加えて、学歴(たとえば有名私立大学)を確認します。これが採用時に確認するオーソドックスな要素になります。 この「経験者採用」と対比するように「未経験者採用」と呼ばれる採用パターンがあります。未経験者採用でのオーソドックスな採用基準は学歴と年齢の掛け合わせがベースになっています。 その中で、ITの自己研鑽が学歴と実務経験を打ち負かす例としては、有名私立大学卒で大手IT企業のSEとしての実務経験がある人よりも、自己研鑽の一環で技術コミュニティを運営し、有名なハッカソンでの受賞歴がある専門学校卒中小IT企業のプログラマーの人のほうを評価するようなケースです。 はたらくうえで学びがどう評価されるのかについて考えてきました。結論としては、学ぶことは、はたらくうえでの評価には直接つながっていないようです。実務はしっかり評価されるのですから、実務で実績を出すために必要な学びは評価されるといえます。逆にそれ以外の学びは評価されにくいのです。 仕事を覚えるための学びは積極的に行うという人も、仕事に直接影響しない学びは積極的に行わない、ということなのかもしれません。 これが先ほどの調査結果で見られた、「社外の自己研鑽」に対して消極的な理由と考えられます。こうして学ばない日本人問題について考えを巡らせると、学ばないのは日本人の怠慢であり勤勉でないため、と言い切れないように思います。 はたらくうえでの評価システム、つまり就職や人事評価、転職などの一連の評価イベントにおいて学びの価値が相対的に低いから、と説明したほうがしっくりきます。 仮に企業が実務経験と同等に学びを評価して採用するようになれば、あるいは実務経験と同等に学びを昇進や昇給の評価対象とするようになればどうでしょうか。評価されるのなら、と実務外で実力を高める学びへの価値が高まって学びによってキャリアを形成しようとする人が増えるのかもしれません。 企業側も、IT業界のように新しい技術や知識が企業活動にとって重要な場合は、実務経験でも学習履歴でもよいから戦力になる人材を求めたいと考えるかもしれません。 また、新しく生まれる職については学習履歴が相対的に優位となる状況が生まれるかもしれません。企業が人材に求める要素が今後どのように変わっていくのかが鍵を握っていそうです。
柿内秀賢(Reskilling Camp Company代表)