「スイッチバックが見たくて」訪れる鉄道ファンの姿も…不通が続くJR肥薩線「山線」に足を運んでみると、復旧を願う声があふれていた
踏切は遮断機の支柱がないと気付かない。でも目をこらすと、レールはどこまでも続いていた。 【写真】JR肥薩線「山線」区間の地図
2020年7月の豪雨被害で、不通が続くJR肥薩線の八代(熊本県)-吉松(湧水町)。4年が経過した今月、人吉(熊本県)-吉松間を巡った。通称「山線」と呼ばれ、線路沿いの道は少ない。山線全5駅を中心に足を運ぶと、復旧を期待する声であふれていた。 今月10日正午前、吉松駅を訪れた。国鉄時代は機関区が置かれており「鉄道の要所」として栄えた。今は吉都線(吉松-都城)が通るものの、すれ違う人はいない。住民だろうか。無人駅の寂しさを紛らわせるように、飾り付けした折り紙が出迎えてくれた。 3県をまたぐ山線は、橋梁(きょうりょう)の流失や駅が浸水した「川線」の八代-人吉に比べ被害は少ない。被害件数は全体の448件のうち山線は29件にとどまり、県別では鹿児島1件、宮崎はない。地図を頼りに北上しながら線路と交わる道を選んだが、豪雨被害の痕跡を見つけることはできなかった。 山線は1909(明治42)年開通。ルート選定時は日清・日露戦争を控え、艦砲射撃を避けるため山あいとなった経緯がある。険しい山間部ルートは後に、スイッチバックやループ線、日本三大車窓に数えられる観光路線となった。
山奥にあり周囲に人家もない真幸(まさき)駅(えびの市)。静寂に包まれる中、シャッター音が響いた。「スイッチバックを見たくて」と宮崎市から訪れた小田成晃さん(62)。鉄道ファンだが、身近すぎて真幸駅に足を運ぶのは初めてという。「余生で乗ることはできるのかな」。さみしげに語る姿が印象に残った。 真幸、矢岳(やたけ)=人吉市、大畑(おこば)=同=の“秘境”3駅は自由に出入りできる。中に入ると、各駅にほこりをかぶったノートが何冊も積まれていた。「再び列車が走りますように」「たくさんの笑顔を迎えられる日を待っています」。ページをめくると、復旧を願うメッセージであふれていた。 延長約35キロある山線の「終着」、人吉駅に到着したのは午後6時過ぎ。熊本県の第三セクターくま川鉄道も利用するが、肥薩線と同じく不通が続き閉鎖中。代替バスがあり、高校生ら50人以上が集まっていた。そのにぎやかさは、今も地域交通の拠点として存在感を放っているように映った。
川線は4月、熊本、国、JR九州の3者が鉄路復旧で基本合意したものの、山線は方針どころか、議論すら始まっていない。山線の復旧費は約6億円と肥薩線全体(235億円)の2%ほどだが、JR九州は被災前の年3億円前後の赤字を強調する。 「山線の現状をどう思いますか」。各駅周辺で計10人ほどに声をかけた。「利用が見込めない」「復旧は難しいのでは」。寂れたレールに厳しい意見もある。ただ「地域の起爆剤になる」「価値ある路線を残してほしい」と、復旧を望む声はもっと多く聞かれた。
南日本新聞 | 鹿児島