托卵の事情が全て明らかに…“共感のパワーバランス”が崩壊する『わたしの宝物』第9話
女優の松本若菜が主演するフジテレビ系ドラマ『わたしの宝物』(毎週木曜22:00~ ※TVer・FODで見逃し配信)の第9話が、きょう12日に放送される。 【写真】海を望むベンチに並んで座る美羽と宏樹 夫以外の男性との子どもを夫の子と偽り産み育てる「托卵」をテーマにした今作だが、いよいよ“本当の父”が誰なのかが知るところとなり、妻と夫、本当の父、それぞれのエンディングへ向かって大きく舵を切る――。
■秀逸だった田中圭のキャラクター造形 まずは、これまで視聴者が誰に対してどれだけ気持ちを乗せていたかという、“共感のパワーバランス”について振り返りたい。 第1話から第2話にかけての序盤は、当然主人公である美羽(松本若菜)に対するものが大きかっただろう。それは不倫の末に夫を偽り子どもを産む「托卵」という、ある意味“ありえない”障壁を乗り超えるために、夫・宏樹(田中圭)の描写をより冷酷にしなければならなかったからだ。 だが第2話ラスト、子どもの栞が生まれ“父性”が目覚めたその瞬間から、共感の比重は一気に宏樹へと傾いた。あれだけ美羽に対して冷酷だったはずの宏樹が栞によって何もかもが浄化され、“本当の父”ではないという“かわいそう”な背景を抜きにしても、宏樹に感情移入せざるを得ない良い夫/父に成長していった。これは、宏樹に共感させることで、美羽が犯した罪の大きさをより強調させるためだった。 しかしその“共感のパワーバランス”においては、制作側が意図する以上のものだったのではないかと推測する。なぜなら今作の主人公は“悪女”とは言え、本来であれば主人公に対しての思い…共感の余地はもっと残さねばならなかったはずだ。だが宏樹を演じる田中圭の冷酷さと温かさの二面性があまりに巧み過ぎたがゆえに、冷酷な扱いを受けていたはずの主人公以上に、宏樹に対し“幸せになってほしい”と思うまで“感情移入させてしまった”のだ。 それほど今作における田中圭の宏樹のキャラクター造形は秀逸で、だからこそ視聴者の心を揺さぶる“味わい”を残すことにも成功した。このように物語後半は、“共感のパワーバランス”を宏樹が独占していったと言っても過言ではないだろう。 ■冬月の“本当の思い”がようやく吐露される この“共感のパワーバランス”を、大きく揺るがすのが、今回の第9話だ。そのきっかけとなるのが、ここまで“共感の対象”となっていなかった、“本当の父”である冬月(深澤辰哉)だ。 “あえて”と言っていいだろう、これまで冬月の心情を描かなかったことで、共感の矛先は全て宏樹へと向かっていたのだが、不倫という事実以外何も知る由のなかった「托卵」の事情が今回全て明らかとなることで、ようやく冬月に対してスポットライトが当たり、美羽よりも宏樹よりも、冬月に対する“思い”がなだれ込んでくる。 それは、これまで語られなかったことで不気味にも思えていた冬月の“本当の思い”がようやく吐露される瞬間でもあり、そこから共感の矛先は一気に冬月へと向かうこととなる。 しかしだ。こうして従来のパワーバランスが崩れた途端に、今作のすさまじさが待っている。均衡を保つことができず、そこから美羽へ、そして再び宏樹へと、たった1話の45分間で共感の矛先がグラグラと大きく行き来し出すのだ。 そんな“グラグラ”と共に頭が揺さぶられ、感情の整理がつかないまま、今作の常套である“衝撃”をもって最終回へつないでいく…。こんなにも“どう決着するのかわからない”作品はない。
■ 「テレビ視聴しつ」室長・大石庸平 おおいしようへい テレビの“視聴質”を独自に調査している「テレビ視聴しつ」(株式会社eight)の室長。雑誌やウェブなどにコラムを展開している。特にテレビドラマの脚本家や監督、音楽など、制作スタッフに着目したレポートを執筆しており、独自のマニアックな視点で、スタッフへのインタビューも行っている。
「テレビ視聴しつ」室長・大石庸平