「黙秘権」の侵害は“他人事”ではない…「推定有罪」を決めつける検察の"説得"が冤罪を生み出す理由
そもそも「黙秘権」とはどんな権利か
―――「黙秘権」という権利の基本を教えてください。 川崎弁護士:黙秘権とは「被疑者は、有利・不利を問わず一切の供述を拒否できる」という権利です。 憲法38条1項には「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」と規定されています。これは「自己負罪拒否特権」といいますが、この権利は二種類あります。 まずは、他人の裁判に証人として呼ばれた際にも、自分が訴追を受けるおそれがあるときのみに限って供述を拒否することができるという「第三者に与えられる特権」です。ただし、この特権が保障されるのは、一定の場面に限ります。 もう一つが、一般的な「被疑者の黙秘権」です。刑事訴訟法311条1項には「被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる」、同198条2項で「…取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない」と規定されています。 これらの法律の規定からすると、被疑事実が真実であろうがなかろうが、理論上、被疑者には黙秘権が与えられているのです。 ―――「黙秘権」は昔から存在したのですか? 川崎弁護士:歴史的には拷問が許されている時代があったように、黙秘権は「あって当たり前」のものではありません。 また、「疑いが事実なら話すべきだ、認めるべきだ」という発想は、現在でも人々のあいだに強く残っています。日本人は「悪いことをした人にはちょっとくらい圧力をかけてもいいだろう」という発想も強いようですね。 「悪い人が黙秘するのは許せない」という感情を持つこと自体は仕方ないことなのかもしれません。しかし、刑事司法とは、冤罪を生まないためにそういった「感情」を切り離すシステムです。
法律の現場における黙秘権の実情
―――現代の弁護士は、黙秘権についてどのように考えていますか。 川崎弁護士:刑事弁護を専門的に扱う弁護士の間では、とくにここ十数年で、依頼者に黙秘権の行使を助言することが一般的になってきました。 虚偽自白による冤罪が多数起こったことが原因で、「弁護士が立ち会えないような取り調べでは、被疑者が自ら弁解を述べるよりも黙秘をした方が真実が守られる」という考えが浸透したのです。 現状の日本の刑事司法(取り調べ)の実情をふまえると、「事実なら話すべきだ」というわけにはいきません。たとえば悪さの度合いが「8」の罪を犯した人に対しても、捜査機関 は「10」の悪さを認めさせようとしてきます。本来よりも悪い罪を認定させられる「虚偽供述」のリスクがあるのです。 検察官は徹底的に「推定有罪」の考え方で取り調べを行います。取り調べのプロである検察官に、素人である被疑者が対抗するためには、黙秘権の行使が最大の防御となります。 ―――被疑者が黙秘したら、検察側はどう対応するのですか? 川崎弁護士:黙秘権を行使しても、残念ながら取り調べが終わるわけではありません。江口氏の場合のように、捜査官は「説得」を継続します。 「説得」といっても、実際には「強要」です。取り調べ時間は、短くても10時間程度が一般的であり、最長で23日間の 「説得」が続けられることもあります。 検察側が「説得」という表現をするのは、本音では「黙秘権なんてけしからん」と思っているからでしょう。 ちなみに、「警察からの職務質問は拒否できる」という知識は浸透してきましたが、実際に職質を拒否しても警察は「説得」という名目で続けます。 ―――なぜ、検察は悪質な取り調べを続けるのでしょうか。 川崎弁護士:検察や警察には「いちど捜査に着手したら、冤罪の可能性があっても止められない」という発想があります。「誤認逮捕をした」と認めるのを避けるため、いちど逮捕した相手のことは必死で有罪にしようとするのです。 江口さんを罵倒した検察官は、その後に大阪地検の特捜部に行くなどの「出世コース」を歩んでいます。あのような取り調べを行っても、組織内では評価されてしまうのです。慎重な捜査を行う検察官は出世できないという、評価システムにも問題があります。 また、裁判官が、捜査の実態にあまり関心を持っていないことも問題です。刑事裁判の時点で「違法な取り調べに基づく自白は証拠にならない」ということを裁判官が厳格に指摘できれば、黙秘権侵害は起こらなくなるのですから。