「全国放送もあるんだぞ!」ヤクルト2位指名ドラフト裏側に密着…モイセエフ・ニキータを“高校屈指のスラッガー”に育てたロシア出身の父の言葉
「人間的に非の打ち所がない」監督の証言
ストイックに研鑽を続けるモイセエフにチームメイトたちも感化された。2年秋の東海大会、センバツ出場がかかった宇治山田商(三重)との準決勝。2点ビハインドの9回裏、7番からの打順だったが「ニキータまで回せば、なんとかなる」。必死につないで1点差に迫り、2アウト一・三塁で3番のモイセエフがライト前に同点タイムリーを放つ。こうなると勢いは止まらない。4番の中村丈も続き、劇的なサヨナラ勝ちを収めた。本人が「高校で一番うれしい思い出」と語り、長谷川監督も「ニキータの人間性を象徴していた」と振り返る試合だ。 「野球の実力ももちろんですけど、『あいつならどうにかしてくれる』と感じさせるものがある。それは彼の日々の取り組みを周りが見ているからだと思います。先輩からも、後輩からも、同級生からもリスペクトされる。人間的には非の打ち所がないです」 自身を「昭和っぽい指導者」だと表現する平成生まれの長谷川監督だが、モイセエフに厳しい指導は必要なかった。「練習しろ、そんなんじゃダメだ、と言うまでもなく、ニキータは自分でちゃんとやる」。プロという目標に向かって、まっすぐに突き進む芯の強さがあった。
きっかけになった「ロシア出身の父の言葉」
明治神宮大会の星稜戦でホームランを放ち、センバツでも阿南光の吉岡暖(DeNA育成2位)から「低反発バット第1号」を甲子園のライトスタンドに叩き込んだ。大舞台で活躍しプロ注目の存在となったが、長谷川監督には複雑な思いもあった。 「すごくいい大学から声をかけていただいて、僕としてはそっちの道もあるんじゃないかって思うこともありました。大学で成長して4年後のドラフトという選択肢もあるし、もし野球がダメでも就職で苦労することはないでしょうし……。でも、『高卒でプロに行けるなら行きたい』という本人の意志が強かったですね」 決断を後押ししたのは父セルゲイさんだった。進路についての話し合いのなかで、セルゲイさんはこう話したという。 「プロでもしダメだったら、と本人が少しでも不安に思っているのなら、大学進学がいいと思う。でも、本気でプロとして勝負したいと思っているのなら、家族としてそれを尊重してあげたい。もしうまくいかなかったら、そのときはそのときで頑張るしかないから」 愛知県内のメーカーに勤めるセルゲイさんは、仕事が終わったあとも夜遅くまで息子たちの練習に付き合った。ロシア出身で野球の知識はほとんどなかったが、60冊以上の野球関係の書籍を読み込み、変化球まで修得した。セルゲイさんはこう話す。 「大した苦労じゃないです。練習は楽しかったし、むしろいいストレス解消でしたよ(笑)。本当に大変だったのはお母さん(妻のアンナさん)。ずっと小さな弟たち(3男のアルチョームくんと4男のキリルくん)の面倒を見ていましたから。周りの方にもすごく助けてもらいました」
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