1988年ソウルオリンピックを開催させた「花畑を買い占めた奇策」…下馬評は名古屋有利も奇跡の勝利、その裏には現代グループ創業者がいた!
サマランチ会長「ソウル・コリア!」宣言
総会の2、3日前までの下馬評では、「名古屋有利」だった。総会前日に実施された各国記者団の模擬投票結果も名古屋優勢と発表された。 9月30日午前9時からコングレスハウスでIOC総会が開かれた。ソウル代表団は、曺相鎬大韓オリンピック委員会委員長はじめ10人ほどがロビーに並んで、つぎつぎと到着するIOC委員に固い握手を求め、精力的に支持を訴えた。午後、投票が始まる前にもソウル代表団は、投票場のあるクアハウスのロビーに集まって「最後のお願い」をした。 午後4時、IOC委員による投票結果が発表された。サマランチIOC会長が「ソウル・コリア!」を宣言した。「名古屋有利」の予想だっただけに、サマランチ会長の発表に会場は一瞬沈黙し、大きなどよめきの後、ソウル祝福の拍手となった。 韓国側参加者は抱き合って喜んだ。まさかの逆転劇だ。ソウルの得票は予想以上に多く52票。「分断国家」「財政難」という問題を抱えていたが、それを承知のうえでなお大量票が集まった。 名古屋市はまさかの敗北だったが、最も驚いたのは韓国政府であり、韓国国民だった。しかし、招致推進委員長・鄭周永は委員長を引き受けた時点で勝算があると考えていた。また、それを可能にする要素も十分あった。それは安企部の権力を活用して海外に進出している韓国企業を動員したことであり、韓国企業が持っているネットワークを利用して各国のIOC委員たちと接触し得票工作をしたことだった。安企部の権力が利用できる時代だったからこそ可能な作戦だった。 1988年の夏季オリンピックはソウルに決まったが、分断国家の韓国での開催は北朝鮮による妨害の憂慮があり、不安材料もあった。実際、その前の2大会、モスクワ大会はソ連のアフガニスタン侵攻に抗議し、米国はじめ西側諸国がボイコット、ロサンゼルス大会はソ連はじめ、社会主議諸国がボイコットした経緯がある。 それが史上最大の160カ国・地域が参加する大会となったことは、「やればできる」という起業家精神で招致成功に導いた鄭周永現代グループ会長の功績が多大である。鄭周永の計画に合わせて、各企業がそれぞれ得意とする中南米や中東、アフリカなどの支援を取りつけたことは、招致だけでなく大会参加にも好意的な影響を与えた。 「世界はソウルへ、ソウルは世界へ」というスローガンの〝88ソウルオリンピック〟は、1988年9月17日から10月2日までの16日間、世界から1万3600人を超える選手や役員が集まって開催された。12年ぶりに東西両陣営が参加し、名実ともに世界的規模のスポーツ大会として選手たちが実力を競い合った。 オリンピック競技が始まると、特にソ連・中国・東欧など社会主義諸国の活躍が目立ち、金メダルの241個のうち、130個をそれらの国が占めていた。 韓国は、自国で開催するソウル大会で金メダル12個を含む33個のメダルを獲得した。韓国がこれだけのメダルをとったのはオリンピック参加以来、初めてのことである。 オリンピック開催は韓国の発展した姿をそのまま世界に見せる場となった。選手や大会関係者だけでなく、観光客も24万人ほどがオリンピックの期間中に韓国を訪れた。しかも疎遠だった共産圏諸国からも大勢の人がやってきた。 韓国の人々は、世界には価値観の違う人たちもたくさんいるということも認識したはずである。また、外国人たちの来訪によって、多様な文化に接する機会となった。文化には輸入もあり、輸出もある。双方向で流れるのである。 写真/shutterstock
---------- 永野慎一郎(ながの しんいちろう) 1939年、韓国生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了、英国シェフィールド大学Ph.D.、大東文化大学名誉教授、NPO法人東アジア政経アカデミー代表などを歴任。著書に『アジア人物史第11巻世界戦争の惨禍を越えて』(共著、集英社)『「利他」に捧げた人生――ある在日実業家の生涯』(明石書店)、翻訳書に『ある北朝鮮テロリストの生と死証言・ラングーン事件』(羅鍾一、集英社新書)など。 ----------
永野慎一郎
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