1兆円の税金で「ゾンビ企業」を生み出す…国が進める「ヤバすぎる産業政策」の正体
税金で約1兆円の「お買い物」
東芝が昨年末、74年に及ぶ上場企業の歴史を終えたことは、前編記事『経産省が「4兆円」もの税金を「とある業界」につぎ込んでいる…そのヤバすぎる理由』ですでに書いたが、今夏、もう一つの上場企業が非公開になる。半導体素材の世界大手JSRだ。 【一覧】5年後に「株価が5倍」もありうる「日本企業10社」の実名を大公開する…! 96%政府出資の「官製ファンド」産業革新投資機構(JIC)が9000億円を投じてTOB(株式の公開買い付け)を実施。84%の株式を取得したため、夏までに上場廃止になる見通しだ。 ただし同じ上場廃止でも東芝とJSRでは全く状況が異なる。JSRは、半導体の製造に欠かせない「フォトレジスト」と呼ばれる感光材の世界シェアで首位に立つ優良企業だ。 当時の世界的な天然ゴム不足に対応し、国が4割の株式を保有する国策企業として1957年に設立されたが、民営化後の1970年代後半に半導体のフォトレジストの事業化に成功し、そのトップ企業に上り詰めた。 2024年度は半導体不況の影響から赤字になる見通しだが、2023年度の最終損益は約158億円の黒字、2022年度も373億円の黒字を計上している。経営危機が懸念される会社ではない。 JIC傘下の投資ファンドが拠出する資金は政府保証のついた事実上の公的資金、詰まるところ税金である。なぜ、経営危機でもない会社に1兆円近くの税金を投じて非上場化しなければならないのか。外資系投資ファンドの首脳は「明らかにおかしなディールだ」と批判する。 実は4年ほど前から米アクティビスト(物言う株主)のバリューアクト・キャピタル・マネジメントがJSRの大株主になり、2021年からは社外取締役も送り込んでいる。バリューアクトはJSRの株価が購入時より上がってきたため「そろそろ手放す」と見られており、外資系企業や海外の投資ファンドが買取りに強い意欲を示している。 「半導体戦略素材のトップメーカーが外資に買われるのは経済安全保障上好ましくない」 甘利氏や経産省はそう考えたのかもしれない。甘利氏は2022年8月、高市早苗衆院議員の後を受けて自民党経済安全保障推進本部の本部長にも就任している。 JSRのエリック・ジョンソン社長は、株主にとって最も有利な条件を選ぶ入札を経ず、さっさとJICのTOBを受け入れてしまった。岸田政権が掲げる「新しい資本主義」は、「海外からの投資の呼び込み」を謳っているが、JICが官製ファンドであることを考えれば、外資をブロックしたことになる。外資排斥であり民業圧迫だ。 前出の外資系投資ファンド首脳は嘆く。 「海外の投資家がようやく、日本市場に投資し始めた矢先に、官製ファンドが余計なことをすると、また外資が逃げていってしまう」 JSRのジョンソン社長はJICの買収を受け入れた狙いを「得た資金で業界再編(同業他社の買収)を促進するため」としている。だが1+1=2になるほど企業買収は簡単ではない。 買収のターゲットになりそうなフォトレジスト世界シェア2位、東京応化工業の種市順昭社長は昨夏の決算説明会で「腹落ちしていない。独り言で終わってほしい」と、官主導の再編に強い違和感を示した。掟破りの買収がまかり通ってしまえば、公正な市場秩序すら歪みかねない。 実際、経産省が主導した業界再編はほとんど成功した試しがない。JIC傘下の投資ファンド、INCJが2000億円を出資し、ソニー、東芝、日立製作所の中小型液晶パネル事業を統合した「日の丸液晶会社」のジャパンディスプレイは、今年5月に発表した2024年3月期決算は443億円の赤字を計上した。赤字はこれで10年連続だ。 同じくINCJが主導して立ち上げた有機ELパネルのJOLEDは昨年3月、東京地裁に民事再生法の適用を申請し、事実上、倒産している。半導体製造のエルピーダメモリも2012年に倒産した。 もちろんリスクマネーを供給する「投資」だから、ポートフォリオ全体で適正な利益が出ていれば良く、全ての案件が成功する必要はない。2013年に出資したロジック半導体のルネサスエレクトロニクスは、INCJの傘下に入った後、急激に業績を回復させた。オムロン元会長の作田久男氏を社長に招き、徹底した固定費の削減や拠点統廃合を進めたことで経営効率が改善した。 だが逆に言うとルネサス以外に見るべき成果はない。そもそも税金を使って特定の企業を再建したり、業界再編を促したりするのは、自由競争を歪める悪手であり、バブル経済の崩壊やリーマンショックのような非常時にカンフル剤的に使うにとどめるべきである。 それゆえ、JICのファンド運用は産業競争力強化法で「2033年度まで」とされてきた。ところが5月31日、同法の改正案が国会で可決され、運用期限が「2049年度」まで延長された。前出の特定半導体基金などと同じように、「国策」の名の下に官僚や政治家が巨額な税金を引き出せる「別ポケット」は、一度使ったら手放せないのだ。