もしもあのときトランプが暗殺されていたら世界はどうなっていたのか?
■1インチのズレで崩れていた民主主義 トランプが暗殺された場合の影響は大統領選にとどまらない。前出の前嶋氏は陰謀論にとらわれたトランプ主義者たちの暴力が全国に広がっていた可能性もあるという。 「トランプが神格化されるということは、彼の周りにある陰謀論的な言説が〝教義〟となることを意味します。当然、〝自分たちの神〟を殺された支持者たちの復讐の念や怒りの爆発が、彼らにとっての〝聖戦〟という形で噴出する可能性があるわけで、アメリカ社会がテロの時代に入っていく。 それも9.11の同時多発テロ以降、アメリカ人が『テロ』という言葉から想像するイスラム教徒などの外国人によるテロではなく、アメリカ社会の深刻な分断を背景とした『アメリカ人によるホームグロウンテロ(自国産テロ行為)』が国内で頻発するような状況になりかねません」 厄介なのが、アメリカにおける銃の認識だ。 「何しろ、人口約3億4000万人に対して、銃はその倍以上あるといわれていますから。半自動型のAR-50やAK-47(カラシニコフ)のようにトランプの暗殺未遂に使われた軍用ライフルを一般人でも買えるのがアメリカという国で、自分たちの大統領候補者が狙われても共和党の銃規制に反対する姿勢はまったく変わりません。 それは市民の『武装の権利』がアメリカ合衆国憲法の修正第2条によって保障されているからですが、実はこれ、単なる銃所有の権利ではなく『悪い政府がいたら市民がそれを武力で倒す権利』、つまり『革命権』でもあるんです。 2021年1月6日の議事堂襲撃事件も、武装して議会を襲った人々にとっては、ディープステートの陰謀からアメリカを守るための〝聖戦〟であり革命権の行使だととらえられていた。 そう考えると、仮にトランプが暗殺されてしまい、その神格化がさらに進んでいたら、あのときよりもはるかに深刻な事態を招いていた可能性は大いにあります」 そして前嶋氏は「その分断はどこまで行くか予想がつかない」と語る。 「暗殺という暴力によって現状を変えてしまうと、その状況を統治するのが難しくなる。そんなガバナンスできない状態というのは、政治学的に見ても非常に厄介なんです。 日本でも10月に公開される映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は一部の州が独立を宣言し内戦状態に突入したアメリカを描く衝撃的な作品ですが、現実に深刻な社会の分断が進む現代のアメリカでは、そうした『内戦』が現実に起こるリスクも単なる絵空事とはいえないのです」 その上で渡瀬氏は、トランプが暗殺されていた場合、世界にも大きな影響があったのではないかと推察する。 「トランプを『民主主義の敵だ』と憎んでいる左派リベラルの人たちの中には『いっそ暗殺されて、いなくなったほうが良かったんじゃないか』と、思っている人がいるかもしれません。 しかし、仮にトランプが殺されていたら、アメリカの治安は悪化し、それを抑え込むために警察権力や監視がどんどんと強化され、世界最大の民主主義国であるアメリカの民主主義や自由がどんどんと失われることになる。 それは結局、中国やロシアを勢いづけることになるし、ほかの民主主義国でも『暴力で政治を変えてもいいんだ』という考え方が広がって、結果的に世界情勢は荒れる方向に進むでしょう。 暗殺が未遂に終わり、星条旗をバックにガッツポーズをするトランプみたいな写真まで撮られ、トランプの支持者もなんとなく『災いを転じて福となす』的な雰囲気に収まった。そう考えると『トランプが殺されなかったから、結果的に民主主義が守られた』という現実を理解すべきなのかもしれません」 トランプの強運が生んだ1インチ(2.5㎝)のズレで、世界は最悪のシナリオを免れたのかもしれない。 取材・文/川喜田 研 写真/時事通信社