首切り事件、クロスボウ殺害事件、男性が全裸で縛られ殺された事件など、猟奇的な事件を描いたミステリ作品(レビュー)
江戸川乱歩と横溝正史が猟奇的な不可能犯罪に挑む長江俊和『時空に棄てられた女 乱歩と正史の幻影奇譚』(講談社)は、ミステリ好きは必読の一冊である。 記憶が混乱した井川和真は、通学用バッグから油紙に包まれた女の生首と手書きの原稿用紙の束を発見。事態を把握するため横溝が書いたらしい原稿を読み始める。 昭和二十九年。乱歩に呼び出された横溝は、大学教授夫人で二人のファンだという鬼塚貴和子と探偵小説談義に花を咲かせた。一カ月後、貴和子が殺され首を切断された状況で見つかる。事件現場は鬼塚教授の治療を受けていたXが家族全員を殺した実家で、Xは三年前に病院を脱走し現在も行方不明だった。ここまで読み進めた和真は、女の生首が貴和子に似ていると気付くが、何十年も前のものとは思えない。やがて美青年のX自身が、時空を操る能力を持っていると信じていた事実が判明する。 物語は、貴和子の首切り殺人と時空を超えたかのような生首の出現という怪奇幻想色の濃い二つの謎を軸に進む。その中に、日本の探偵小説を発展させた同志でライバルだった乱歩と横溝の史実に沿った関係性、首切りトリックの分析、探偵小説の歴史や意義、批判的見解といったミステリ論などが織り込まれていくので興味が尽きない。二つの謎は論理的に解明され、広げに広げた大風呂敷が鮮やかに畳まれる終盤はカタルシスも大きい。
零余子『夏目漱石ファンタジア』(富士見ファンタジア文庫)は、第三十六回ファンタジア大賞の大賞受賞作。 修善寺の大患(作中では病気ではなく暗殺)で死んだ夏目漱石が、森鴎外と野口英世による脳移植で婚約者だった樋口一葉の身体で甦り、神田高等女学校の教師になるという奇想天外な物語は、一葉の身体を冷凍保存していたのが星一(星製薬の創業者で星新一の父)で、ロボット学天則を開発した西村真琴が登場し、漱石の勤務先が神田高等女学校なのは、漱石『こゝろ』の刊行でスタートした岩波書店の創業者・岩波茂雄が教師をしていたのを踏まえた設定と思われるなど、近代史と近代文学史を換骨奪胎した架空の歴史が紡がれるので、元ネタを知っているととにかく笑える(作中には史実と虚構を解説するコラムがあり、知識がなくても楽しめる)。さすがに山田風太郎の明治ものほど緻密に虚実の皮膜を操ってはいないが、言論の自由を守る武装組織「木曜会」を結成していた漱石と護衛役の禰子が繰り広げるアクションもあれば、漱石と教え子の百合(漱石が女性として甦る設定はTSものといえる)萌え展開もあれば、作家の脳を奪うブレインイーターを捜すミステリの要素もあるので、一気に読めてしまうだろう。国家と戦い、良妻賢母教育に叛旗を翻す漱石を通して、表現の自由、女性の自立の重要性などをさりげなく織り込んだのも見事だった。