首切り事件、クロスボウ殺害事件、男性が全裸で縛られ殺された事件など、猟奇的な事件を描いたミステリ作品(レビュー)
時代小説をメインにしてきた泉ゆたかの初の歴史(評伝)小説『ユーカラおとめ』(講談社)は、一九二二年にアイヌ民族が謡い継いできた叙事詩ユーカラの中から十三編を選び、ローマ字で音を起こし日本語訳を付けた『アイヌ神謡集』(初版は一九二三年に郷土研究社から刊行。現在は岩波文庫で入手可)の校正を完了した直後に十九歳の若さで亡くなった知里幸惠の後半生を描いている。 旭川で暮らす伯母の金成マツの下で育ちアイヌ語と日本語が堪能な幸恵は、アイヌ語を研究する金田一京助に手伝いを頼まれ上京する。アイヌの文化を後世に残したい幸恵は、アイヌへの差別語を口にする金田一を批判するが、その一方で、コタンピラのユーカラの調査に協力するため金田一に招かれたアイヌたちの粗野な姿に眉を顰めるなど、近代化の影響も受けていた。アイヌであることに誇りを持ち伝統と文化を守りたいが故に、日本が押し進めた同化政策に翻弄される幸恵の姿に触れると、アイヌを先住民族と明記し、差別の禁止や民族としての誇りを持って生活できる社会の実現を目的にしたアイヌ施策推進法が、なぜ必要だったのかもよく分かる。 宮内悠介『国歌を作った男』(講談社)は、多彩なジャンルの十三作を収録した短編集だ。 移民三世としてニューヨークで生まれた天才プログラマーが、国歌と呼ばれるほど広まり親しまれたゲームのテーマ曲を世に送り出すまでをルポルタージュ風に追った表題作は、国家とは何か、民族とは何かに切り込んでいた。冷蔵庫にあった食材で美味しい料理を作る連続家宅侵入犯を追う「料理魔事件」は、動機に捻りがあるミステリ。MSXのBASICでゲームを作ってプログラミングの腕を磨き、従兄弟とゲーム製作会社を作るも会社存続のためゲーム以外の開発をするようになった男を主人公にした「夢・を・殺す」は、夢が遠くなり現実を受け入れる切なさが描かれ、MSX世代の五十代は身につまされるだろう。元本因坊の祖父から囲碁を教わるも中学受験に専念して合格した後に進学先でついていけなくなった少女が、脳に繋がれた機械を通して植物状態の祖父と再び囲碁を打つ「十九路の地図」は、優れた青春小説である。『盤上の夜』『月と太陽の盤』『ラウリ・クースクを探して』といった他の宮内作品とリンクする収録作もあり、本書を足がかりに読書の幅を広げて欲しい。 大河ドラマ『光る君へ』では、毎熊克哉演じる猿楽師にして盗賊の直秀が、狂言廻し的な役割を担っていた。この直秀のモデルと思われるのが、貴族にして盗賊で捕縛時に刀で腹部を切り、その傷が原因で死んだ藤原保輔である。赤染衛門が主人公の『月ぞ流るる』に続く平安ものとなる澤田瞳子『のち更に咲く』(新潮社)は、保輔の妹・小紅が、兄の死の謎を調べるミステリである。 娘の彰子を一条天皇の中宮にし男子の出産を待ち望む最高権力者・藤原道長の私邸で下臈女房をしている小紅は、都を荒らす盗賊・袴垂が死んだはずの保輔という噂を聞く。探索を始めた小紅は、袴垂を動かしているのは道長への憎しみであり、その怨念を生み出しているのが敗れれば浮かび上がるのが難しいが故の凄まじい権力闘争と知る。和泉式部の恋の相手の傾向、道長の北ノ方である倫子と保輔の隠された関係なども謎にからんでロマンとサスペンスに満ちた展開が続き、歴史の独自解釈も面白く歴史ミステリとしても楽しめる。本書のような生死、人生を左右するような権力闘争を経験する読者は少ないだろうが、生きていれば争い、競争と無縁ではいられない。敗者の怨念の物語は、勝った後、敗れた後にどのような選択をするべきかを考えさせられる。 天童荒太『ジェンダー・クライム』(文藝春秋)は、タイトルそのままに性に関係する犯罪を描いている。 男性被害者が全裸で縛られ殺された事件を担当するベテラン刑事の鞍岡は、若手の志波とコンビを組む。被害者には性的暴行を受けた跡があり、体内から「目には目を」と書かれたメモが見つかる。被害者の息子は三年前に大学の仲間と女性を暴行し準強制性交等罪で捕まったが、グループに有力政治家と繋がる親族がいて示談も成立したことから検察が起訴を見送っていた。この事件の被害者家族、加害者が怪しい動きを始め事態は混迷を深める。性犯罪の被害者とその家族が司法と社会の無理解で苦しむ現実を掘り下げたところは、読み進めるのが辛いほどだった。謎が解かれるにつれ、ジェンダーにからむ犯罪は性暴力に限定されず、意識せず行う性役割の押し付けや、日常的に使う言葉に隠された差別意識に思い至らない状況が、思わぬ犯罪の遠因になる現実が明らかになっていく。昔気質の鞍岡が志波らの影響を受け変化するように、価値観はアップデートできると気付かせてくれる。 [レビュアー]末國善己(文芸評論家) 1968年広島県生まれ。明治大学卒業。専修大学大学院博士後期課程単位取得中退。時代小説やミステリー小説を中心に、文芸評論を執筆している。おもな著書に『時代小説で読む日本史』『夜の日本史』などがある。『山本周五郎探偵小説全集』『岡本綺堂探偵小説全集』『龍馬の生きざま』『花嫁首 眠狂四郎ミステリ傑作選』など、全集やアンソロジーの編者としても活躍している。 協力:角川春樹事務所 角川春樹事務所 ランティエ Book Bang編集部 新潮社
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