本郷和人『光る君へ』道長ついに死す。その墓がどこにあるのかというと実は…。<ある病>による視力低下と胸病に悩まされた道長の晩年
◆「道長様の墓にお参りしたい」と思ったら では「墓参りという習慣はないのか」というと、そんなことはありません。しかるべき「手を合わせる場所」が用意されていたのです。 「お骨を埋めた墓」(=埋め墓)と「お参りする墓」(=参り墓)を別に設けるこの方式は、昭和初年に民俗学の柳田国男によって研究がなされてから、「両墓制」と呼ばれています。 宇治陵は37のお墓から成り立っていますが、その第1号墳が手を合わせる場所(=参り墓)である「総遙拝所」に当てられています。 道長墓は32号墳といわれますが、前述の通り、確かな話ではありません。 道長様のお墓にお参りしてみようかな、と思われた方はぜひ宇治陵の「総遙拝所」で手を合わせてみて下さい。極楽に往生した道長が、微笑むかもしれません。
本郷和人
【関連記事】
- 『光る君へ』<最後の5分間>の考察止まらず。なぜ鳥籠が崩れた?なぜ乙丸・いとの呼び方が「お方様」から「姫様」に?視聴者「2回目の視聴で気づいたが…」「実はまひろも…」
- 本郷和人 道長が最後に視力を失っていたワケ。原因は『光る君へ』で毎回描かれる<あのシーン>に…平安時代ならではの病について
- 『光る君へ』乙丸役・矢部太郎さんも指摘。一話と最終話、実はある部分でしっかりリンクを…気づいた視聴者「構造として美しい」「望月の夜はつかの間」
- 最後まですれ違い続けたまひろと道長。現実として二人が結ばれた<可能性>を考えてみたら意外な結論に…『光る君へ』ベストセレクション
- 『光る君へ』6年前の夜の会話を皆の前で披露した道長。まひろが目をきょろきょろさせるのも当然、その夜は…視聴者「当の娘の前で(笑)」「そりゃそうなる」「いとと乙丸の切ない顔よ」