会社と社員が互いに「選び合う」、ソニーに今も息づく創業者・盛田昭夫の「独自の人材観」
2024年3月期決算において、売上高13兆円超と過去最高の業績を発表したソニーグループ。2008年度からの7年間には連結純損失の累計が1兆円を超え、危機的状況が続いた。まさに「どん底」の状態からソニーはどのようにして復活を遂げたのか──。その要因について、経済ジャーナリストの片山修氏は「ソニーの創業精神の本質を継承し、時代に適応する働き方を実現した点にある」と分析する。2024年9月、書籍『ソニー 最高の働き方』(朝日新聞出版)を上梓した同氏に、ソニー復活の背景にあった人事改革と、ソニー独自の人的投資の考え方について聞いた。(前編/全2回) 【画像】片山修 『ソニー 最高の働き方』(朝日新聞出版) ■ 「ハードとソフトの融合」を目指して働き方を変化させた ──著書『ソニー 最高の働き方』では、ソニーで働く22人へのインタビューを通して、同社の企業文化や人事制度について紐解いています。なぜ、ソニーの働き方に着目したのでしょうか。 片山修氏(以下敬称略) 現在のソニーの働き方は、これからの日本企業にとっての模範になると考えたからです。 近年、技術の発展により、「ハードのものづくり」から「ソフトのものづくり」へと時代が変化しています。ハードからソフトへ事業をシフトさせるためには、新しい時代に合わせた働き方が必要になります。 この潮流を受け、ものづくり企業の代表的存在であったソニーも、ハードとソフトの融合を目指して働き方を変化させてきました。 ソニーは2004年度からテレビ事業が赤字に転落し、2008年度からの7年間における連結純損失の累計は1兆円を超えました。それが現在では売上高13兆208億円、営業利益1兆2088億円(2023年度決算)と躍進を遂げています。「なぜ、ソニーはよみがえったのか」を知るために取材を始めたことが、本書の執筆のキッカケです。
■ ソニー改革の柱「人材に関する3つのシフト」 ──働き方については、どのような点に着目したのでしょうか。 特筆すべきは、ただハードからソフトへと事業をシフトしただけでなく、「創業精神の本質を継承し、時代に適応する形へと働き方を変化させていること」です。 ソニーの前身である東京通信工業の「設立趣意書」には、「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」とあります。つまり、ソニーは創業以来、個性溢れる人材が力を発揮できる場の提供に注力してきました。この創業精神こそが、最大の成果を生む「最高の働き方」を実現する今日のソニーをつくっているのだと思います。 ソニーは企業の成長において重要な「3つのシフト」を実行しました。3つのシフトとは、「ヒトのシフト」「スキルのシフト」「マインドのシフト」です。 ヒトのシフトでは、全従業員の8割を占めていたエレクトロニクスに携わる人材を、ソフトウエアエンジニアへとシフトさせました。スキルのシフトでは、ソフトウエアを組み込みからクラウド系に移行させることに加え、AIやデータサイエンスへとスキルをシフトさせています。そして、マインドのシフトではマーケットの変化に合わせ、従業員に新しい技術の獲得や学び直しを促しました。 こうした改革を進めた結果、2000年度は売上高の約69%をエレクトロニクスが占めていましたが、現在では売上高の約57%をエンタテインメント事業が占めるに至っています。 企業が成長し続けるためには、「企業が保有する資産をどう活用するか」という視点が重要です。そのためには時間をかけてでも、3つのシフトを着実に実行することが重要だと分かります。 ソニーグループの執行役専務で人事・総務担当の安部和志氏は、「最も重要で困難だったのはマインドのシフトだった」と振り返っています。個を大事にする企業文化があるからこそ、今の仕事に思い入れやプライドを持っている従業員が多く、組織の都合では簡単に動いてくれません。テクノロジーのトレンドが大きく変わろうとしている中、皮肉にも個を大事にする文化が時代への適応の難易度を上げていたのです。