松本清張、社会派サスペンスへの飛躍『黒い福音』『聖獣配列』で巨悪を告発
実際にあっても不思議はない事件を書いた『聖獣配列』
『聖獣配列』(「週刊新潮」、1983年9月1日~85年9月19日)は政治の巨悪に迫ろうとしたサスペンス小説である。これは米国大統領と日本の首相との、犯罪と言える利権の絡んだ交渉話を軸に、銀座のクラブママと大統領との情事も語られたり、その利権問題に関与した政府関係者の幾人かが変死を遂げ、さらには国際的フィクサーが暗躍したりする話である。 また、戦後の日本で政治的事件のたびに取り沙汰されてきたM資金(注※)の問題も登場するなど、『聖獣配列』の物語は現実に大いにありそうな話として読むことができる。 これらの清張作品を読んでいると、私たちの社会は表の部分では、ある程度、理が通りルールが守られる社会となったが、裏の部分は闇の組織の人間や政治家たちの巨悪がまかり通る、実に恐い社会であることが、まざまざと実感される。清張はそれらの巨悪を小説で告発したのだ。 (ノートルダム清心女子大学文学部・教授・綾目広治) ※注 第2次世界大戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が日本から接収した財産(貴金属や宝石)などを、今でも極秘に運用されているとうわさされている秘密資金のこと。MとはGHQ経済科学局の第2代局長ウィリアム・F・マーカット少佐の頭文字とされ、そのほかにマッカーサーやフリーメーソン (Freemason) などの頭文字から取ったものなど諸説ある。