世界最先端フェス「C2C」に学ぶ 文化的価値と持続性の両立、音楽と都市の未来
Pitchforkが選ぶ「best music festivals」に3年連続で選ばれるなど、いま世界で最も注目を集める音楽フェスティバルのひとつが、毎年11月にイタリア・トリノで開催される電子音楽のフェス「C2C」だ。ユニークな出演アーティストのラインナップと、最先端のデジタルテクノロジーとアートが交差するステージセットは世界中からオーディエンスを引き寄せ、イベントパートナーにはサッカークラブのユベントスやStone Island、GUCCIといった世界的なブランドが並ぶ。昨年20周年を迎え、更なる進化を続けるC2Cのファウンダーであり主催者のセルジオ・リチャルドーネに話を聞いた。 【画像を見る】世界最先端フェス「C2C」はステージセットも革新的 COVID-19のパンデミックを経て日本における音楽のライブ・エンターテインメントの活況ぶりは、コロナ前の状況にも近い復活を遂げている。音楽フェスに関しても、この夏国内の大型音楽フェスがコロナ前に近い水準の来場者を記録するなど盛り上がりを見せた。一方、グローバルでは、コロナ前の”音楽フェスブーム”を引き継ぐような形で世界各地で開催されている音楽フェスにその先行きを懸念する声が上がりはじめている。 NPRは世界各地で音楽フェスが乱立する反面、音楽フェスの今後に対する楽観的な見方は弱まっているとする記事を掲載している。NPRは例として、コーチェラをはじめとする大型音楽フェスのチケットセールスの苦戦(例年数時間で完売するコーチェラのチケットは完売するのに今年は1カ月かかった)をあげており、欧米諸国での生活費の高騰と、チケット代の高騰を音楽フェスの停滞原因として述べている(2014年以降、主要な音楽フェスの一般入場料は55%上昇しているという)。他にも、The Guradianは広範なクリエイティブ・コントロールを求めるビヨンセやテイラー・スウィフトといった大物アーティストが音楽フェスのヘッドライナーよりも個人での大規模なツアーを選ぶようになったことが音楽フェスの状況をより難しくしていると指摘する。 そもそも音楽フェスは一年に一度のイベントに多くの収益を依存するリスクの高い事業だ。とりわけLive NationやAEGといった巨大な資本力をもった企業が背後にいないインディペンデントな主催者にとっては、フェスのミッションや文化的な価値を追求しながら、経済的な持続性を両立させていくことは尚更難しい。現在、日本各地で音楽フェスが立ち上がり、盛り上がりを見せるなかで(グローバルで言われる懸念も念頭に置きつつ)今後も音楽フェスが独自性と文化的価値を確立しながら、経済的な持続性を保っていくためには何が重要になっていくのだろうか。イタリア・トリノで毎年11月に開催される電子音楽のフェス「C2C」は、その問いに対する答えとして優れた事例のひとつと言えるかもしれない。 トリノのインディペンデントな音楽フェスであるC2Cは、ステージセットや演出といったフェスのクリエイティブ面で高い評価を得る一方で、ビジネス面においても多様なアクターとコラボレーションし、C2Cのブランド(IP)をイベント、サウンド、クリエイティブとさまざまな形でグローバルに展開・流通させ、インディペンデントなフェスでありながらもグローバルで成功を収めているのが特徴だ。 一つ目のクリエイティブに関する点に関しては、とりわけ彼らが「Avant-Pop」と呼ぶ独自の切り口からキュレーションされたアーティストのラインナップと最新テクノロジーによる演出が融合するステージは、ヨーロッパのクラブ愛好家の間で知らない人がいないと言っても大袈裟ではないほどの評判を確立している。今年はArca、Billy Woods、John Glacier、John Talbot、Kali Malone、Kode 9、Nala Sinephro、Sofia Kourtesis、Yaejiといったアーティストがラインナップに名を連ねており、彼らのステージは、Daft PunkやThe Weeked、Yeといったアーティストのステージ・プロダクションを手がけるDelamaison ProductionのVittorio Dellacasaが長年に渡ってプロデュースを行っている。昨年は没入型のマルチスクリーン(ステージサイドだけでなく、ホールや天井にも巨大なスクリーンを設置)を備えたメインステージと、DJを囲うように円形のスピーカーの柱が置かれたセカンドステージが用意され、C2Cの特別なビジュアル表現はオーディエンスを魅了した。 二つ目のビジネス面での成功については後のインタビューでも詳しく触れるが、C2Cの卓越したクリエイティビティは、GUCCIやStone Island、Juventusといった世界的なブランドたちをフェスのパートナーに惹き付けている。そして、フェスを通じて確立したブランド(IP)を、音楽イベントからアートイベント、サッカーチームまで多様なプラットフォームで展開することで、事業の安定性と持続性を確保している。ファッションブランドのStone IslandやGUCCIとコラボレーションした音楽イベントシリーズはこれまでロンドンやベルリン、ミラノといった世界の大都市で展開され、多くのオーディエンスを集めてきた。ただし、C2Cは短期的な”金儲け”のためにイベントのIP展開を行っているのではない。C2Cはむしろ慎重に彼らの精神である「Avant-Pop」を広げていくためのパートナーとして企業や各地のプロモーターと協働してプロジェクトを手がけ、成功を収めている。イベントとしての真正さ(Authenticity)と事業としての持続性を絶妙なバランスで維持している点こそ、C2Cのユニークさの一つとして挙げることができる。 加えてC2Cのユニークな点は、グローバルにブランドを展開する一方で、ローカルに根ざしたイベントとしてトリノの都市再生における象徴の一つと考えられていることだ。イタリア最大級の自動車メーカー・フィアットの企業城下町として繁栄したトリノは、1970年代にフィアットが経営不振に陥ると、かつての工場跡に大量の空き地や建物が放置され、衰退期を迎えた。その後、同市はかつてのフィアット依存だった産業構造からの脱却を目指し、使われなくなったフィアットの工場や倉庫を用途転換して再生する動きに着手した。C2Cが毎年11月に音楽フェスを開催するベニュー「リンゴット」はその代表的な例であり、フィアットの基幹工場だった建物はホテル、ミュージアム、コンベンション・ホール、映画館などの複合施設として蘇った。トリノにはこうした行政やデベロッパーによるトップダウンでのハード面の整備に加えて、都市文化の担い手となるローカルのプレイヤーと行政府の間に強い協力関係がある。ローカルのクラブシーンを牽引してきたC2Cも、地元行政府とのコラボレーションを通じて20年に渡って成長を続けてきた。 ここからは、これまで見てきたフェスのクリエイティビティやトリノ市との関係性や歴史、ビジネス展開について、C2Cのファウンダーであり主催者のセルジオ・リチャルドーネに聞いたインタビューをお届けしたい。