世界最先端フェス「C2C」に学ぶ 文化的価値と持続性の両立、音楽と都市の未来
「Avant-pop」は未来に開かれている
―C2Cはどのようにスタートしたんですか? セルジオ:C2Cがスタートしたのは2003年。当時2000年初頭、トリノには世界でも有数の活発なクラブ・シーンがあった。当時のクラブ・シーンには、Barbar、Barcode、Jammin’といった、実験的で独自のアイデンティティがあって文化的なハブとしても機能するダイナミックなクラブがあって、僕たちのアイディアは活気あるシーンをつくっていたこれらのクラブを1枚のチケットで自由に移動できるようなフェスを作ることだったんだ。フェスがスタートした当初の名前は「Club to Club」で、その名前が示すように、フェスの期間中、オーディエンスは夜通しクラブからクラブを移動して都市全体がまるで巨大なダンスフロアのようになっていたよ。 ―トリノのクラブシーンはどのように発展していったんでしょうか? セルジオ:トリノはベルリンやデトロイトといった他の都市に比べて、電子音楽に関してあまり知られている場所ではないかもしれないけど、実は長い歴史がある。1970年代にフィアットが経営不振に陥った時に、トリノではフィアットの工場や倉庫だった場所が放置され、その場所は当時の社会の中で周縁にいたさまざまなグループの人たちを惹き付けた。電子音楽のアンダーグラウンドシーンにいたクリエイターたちもそのひとりで、彼らは放置された倉庫や工場を占拠してさまざまなパーティやイベントを開いていた。廃墟という場所が、アーティストにとって自由なクリエイティビティを追求するための重要な場所になったと聞いているよ。 ―その後トリノ市はフィアット依存だった経済からの脱却に成功し、2006年には冬季オリンピックを開催するなど「トリノの奇跡」とも称される都市再生を果たしていますよね。 セルジオ:まさに僕たちがC2Cをスタートさせた2000年当初のトリノは自由で官僚主義がなく、新しいことを始めやすい雰囲気があった。クラブシーンは、ローカルに根差していて、ローカルコミュニティと対話しようとする姿勢があったし、それぞれのアートフォームやジャンルによってシーンが分かれてなくて、ジャンルをこえたコレクティブなムーブメントだったことも特徴の一つだと思う。トリノ市の行政機関もクラブカルチャーの価値を理解していて、プロジェクトを形にするためにとても協力してくれた。クラブカルチャーにいる人間にとって当時のトリノは恵まれた環境だったと思うよ。 ―なるほど。 セルジオ:実際にトリノでは、僕たちが毎年フェスを開催しているリンゴットをはじめ、多くのベニューが整備されたけど、市の自治体は新たな都市文化の担い手となるアンダーグラウンドのクラブ・シーンで活躍するアーティストやクリエイターと協力体制を築こうとする意思が強くあったんだ。 ―現在、C2Cにはクラブシーンの垣根をこえて、さまざまなアーティストが出演していますが、あなたは出演アーティストを「Avant-pop」という観点からキュレーションしているとお話しされています。「Avant-pop」についてもう少し詳しく聞いてもいいですか? セルジオ:OK。ひとつだけ言っておきたいのは、僕たちは「Avant-pop」についてとても真剣に取り組んでいる一方で、同時にこの言葉の意味や定義について神経質になりすぎたくないと思っているってこと。この言葉は未来に向かって開かれていると思うんだ。 ―わかりました(笑)。 セルジオ:簡単に言えば、僕にとって「Avant-pop」とはアヴァンギャルドと新しいメインストリームの交差点のことを指している。これまで、メインストリームの音楽に影響を与えるアヴァンギャルドな取り組みはアンダーグラウンドなクラブで起こっていた思うけど、このような状況は20年前と比べて大きく変わってしまったと思うんだ。僕はクラブシーンに深い尊敬があるけど、今クラブでアヴァンギャルドなシーンを発見するのは難しくなっている。 なぜこのような状況になったかはおそらく2008年ごろの経済危機が関係していると思うんだけど、明確なことはわからない。ただ、今の時代を定義しているものはクラブカルチャーではなくて、何か別のものだと思っている。現在アーティストは、コミュニケーションやキャリア発展の面でもこれまでの時代とはまったく違う次元にいて、新しいポップミュージックをつくるアヴァンギャルドなアーティストもこれまでとは異なる場所にいたり、別の表現を模索していたりする。ArcaやNicholas Jaar、Caterina Barbieriといったアーティストは「Avant-pop」における良い例だと思うね。 ―20周年だった昨年に出版された、これまでのC2Cの軌跡を振り返る書籍も『WE CALL IT AVANT-POP』というタイトルでしたね。 セルジオ:C2Cというフェスを通じてアヴァンギャルドと新たなポップミュージックの意味についてリサーチしていくことは、自分たちの使命の一つだと感じているんだ。さらに言えば、この20年間C2Cとは新しい音楽や新しいクリエイティビティをリサーチし、世界に向けて紹介する機関だったと言えると思うし、C2Cはこれからもそのようなあり方でい続けると思う。そして、僕はこのようなフェスの性格やあり方こそが、新しい音楽を求める素晴らしいオーディエンスを惹きつけるのに役立っていると考えている。今回この本を出版したのもこうした理由からだよ。 ―C2Cはステージの演出もすごいですよね。 セルジオ:ありがとう。C2Cの使命のひとつは「Avant-pop」のアーティストによるエクストリームかつ複雑なパフォーマンスをポップ・ミュージックとして伝えること。そして、アーティストのために特別なステージを設置し、ユニークな演出を行うC2Cは、クラブに行くよりも劇場や美術館にいく体験に近いと思う。 ―リンゴットでのセカンド・ステージは、Bill Kouligas率いるPanとパートナーであるStone Islandによるものでした。 セルジオ:Bill Kouligasとは長い付き合いがあって、昨年は彼のレーベルであるPan、Stone IslandとC2Cでコラボレーション・レコードも出した。Panによるステージが好評だったのはとても嬉しいことだったよ。そして僕たちのステージは、イタリアのミラノを拠点とするDelamaison ProductionのVittorio Dellacasaのディレクションによってこれまで本当に素晴らしいものができている。C2Cに出演するアーティストの多くは、サウンドだけでなくビジュアルにも強いこだわりがあるけど、僕たちのステージセットや照明技術は彼らに対しても自信を持って素晴らしいと言えるものだと思う。他にも、パルマのBDCギャラリーとコラボレーションした、照明デザインとライトアートを専門とするスタジオ、Anonima Luciによるグリーン・レーザーのインスタレーションもとても評判がよかった。