日本の歌を日本語で涙、ダウン症のある娘と見学したペルーの日系人学校での出来事
歌でひとつに。子どもたちから学んだこと
私たちが教室に入ると、子どもたちみんなが温かく歓迎してくれ、自然と私たちを囲むように集まってきてくれた。 教室で子どもたちとの会話を楽しんでいた時、「歌が好きで日本で合唱団に入っている」と娘が伝えると、なんと、誰が呼びかけるでもなく、自然に子どもたちが声を揃えて歌い始めたのだ。しかも日本語で「Believe(ビリーブ)」を合唱してくれた。 “たとえば君が傷ついて~世界中の 希望のせて この地球はまわってる~” 子どもたちの清らかで美しい歌声と純粋な眼差しに胸をうたれ、思わず涙が溢れ出たのは私だけではない。周りで見ていた大人たちの涙腺が一斉に崩壊した。 歌ってくれた子どもたちの中には、自閉症のある子やコロナ禍で両親を亡くした子、日系人もペルー人もいた。そして最初は恥ずかしそうにしていた娘も徐々に歌い始め、みんなが歌でひとつになった瞬間、全身が震えるような感動を覚えた。あの瞬間は今もこれからも忘れることはない。 一体どんな教育をしたらこんなに素晴らしいことが体現できるのだろうか。 まさしく歌は世界共通の表現であり、国や言語、障がいなどのあらゆる壁を超えてひとつになれるのだと、ペルーの子どもたちから教わった。そして、そんな素晴らしい教育を見せてくれたラ・ビクトリア日系人学校に今、改めて心からの「感謝」を伝えたい。 日本を離れて約2ヵ月が過ぎ、南米ペルーまで来て、これほど異国の地で日本を感じることが出来た経験は娘にとっても、貴重な体験となった。海外から見た自分の国は、日本にいる時には気付かないことも多く、むしろ外に出てからの方が、自国について学ぶことは多いと感じることが今回の旅でも多かった。ラ・ビクトリア日系人学校を訪問させていただいたことで、礼儀や真面目さ、時間厳守など、日本にいると当たり前で気付けなかった日本の素晴らしさに改めて気付かせてもらえた。きっと娘も何かを感じてくれていたはずだ。 ペルーの子どもたちと嬉しそうに日本語で話をしていた娘はどこか誇らしげに見えた。 世界一周の旅を通して、どの国を訪れても、私たちは「日本から来た」と言うと歓迎された。ダウン症のある娘はリスペクトされ、優遇されることも多かった。日本人として、そして娘と一緒に世界を旅することが出来て本当によかったと何度思ったことだろうか。 そして、のんちゃんと娘の交流はこれからも続いていく。ペルーの体操選手としてオリンピックを目指しているのんちゃんとは、きっとまた成長して、世界のどこかで再会が出来るはず。その日が来るのを娘も私も楽しみにしている。
長谷部 真奈見(フリーアナウンサー)