西田敏行の演技がじわじわと心に染み込んでくる、ハートフルなコメディ「ゲロッパ!」
俳優として、また歌手や司会者としても活躍し、日本のエンターテイメント界を支え続けてきた西田敏行。ドラマでは「西遊記」(1978~79年放送)や「白い巨塔」(2003~04年放送)、近年では「鎌倉殿の13人」(2022年放送)といった、記憶に残る作品に多数出演。映画でも「敦煌」(1988年公開)など大作で主演を務めた。また、代表作である「釣りバカ日誌」は、全22作も制作されるほどの人気を誇った。 【写真を見る】西田敏行を始め、キャストには岸部一徳、桐谷健太、山本太郎ら豪華な顔ぶれが揃った 西田の真骨頂といえば、やはりハートフルなコメディだろう。「釣りバカ日誌」はもちろん、三谷幸喜が手がけた「ザ・マジックアワー」(2008年公開)や「ステキな金縛り」(2011年公開)といった話題作にも出演している。どこか憎めない笑顔とまろやかな声、そこから生まれる優しい雰囲気が人の心を和ませ、笑いの世界に惹き込んでくれる。 そんな西田が出演したコメディの中でもぜひチェックしてほしいのが、2003年公開の映画「ゲロッパ!」だ。監督は「パッチギ!」(2005年公開)などの作品で知られる井筒和幸で、キャストも常盤貴子、岸部一徳、桐谷健太、また俳優時代の山本太郎といった豪華な顔ぶれが揃った。 ■さまざまな想いを抱えた哀愁漂う親分さんを西田が好演 西田が本作で演じたのは、羽原組の組長・羽原大介。2日後に刑務所に収監される予定だが、その胸には2つの"強い想い"がある。1つは、25年間前に離れたきり会っていない娘・かおり(常盤)に会いたいという想い。もう1つは、敬愛してやまない"J・B"、ジェームス・ブラウンにもう一度会いたいという想いだ。 西田が最初に登場するのは、弟分の金山(岸部)と移動中の列車の中。冗談を言いながらも、金山に「世話かけたな」という大介の表情、声音には腹の底から気持ちがこもっているし、行けなくなったJ・Bの名古屋公演についても、心底無念そうな表情を見せる。 また、子分たちに組の解散を伝えた時の寂しそうな横顔や、幼い頃のかおりが描いた絵を眺める時の想いが溢れるような様子、また、寿司屋でかおりのことを語る時の懐かしそうな表情などから、大介の子分への想い、またかおりへの想いも伝わってくる。 しかし刑務所に入れられたら、それらすべてから離れなければならなくなる。コメディシーンを挟みながらも、そんな哀愁がじわじわと伝わってくる演技は、西田ならではの好演と言えるだろう。 ■娘・かおりとの再会、トラブルを乗り越えた後のシーンでも、西田の演技が光る! 物語が進むと、金山らは大介のためにJ・Bを拉致するべく奮闘し、大介はかおりと再会するべく行動する。しかし、かおりは今、愛知県蒲郡のテーマパークであるイベントに携わっていて、大介がかおりの住居を突き止めて訪ねた時には留守だった。 ここでの再会を前にした西田の演技も秀逸だ。来たはいいがどうしていいのかわからず、マンションの部屋の前で逡巡する場面などはいじらしささえ覚える。また、その直後にかおりと電話で話す時の口をパクパクさせる仕草も、気持ちが溢れすぎると同時に何かがすれ違っていて、言葉が出ない様子がよく伝わってくる。かおりを想う大介の心情と、会話が噛み合わないおかしさが、絶妙に同居しているのだ。 テーマパークでのかおりとの再会や、トラブルを乗り越えてイベントを終えた後のシーンもまた絶品だ。背後からかおりが声をかけてきた時の横顔などには、見ていて思わず涙腺が緩むほど。本作の西田の演技は、大介の心情を優しく伝え、じわじわと惹き込まれていく魅力的な演技であり、第27回日本アカデミー賞で優秀主演男優賞を受賞したのも納得の演技と言えるだろう。 2024年10月、残念ながら西田はこの世を去った。新たな演技はもう見られないが、日本のエンターテインメント界を支えた俳優・西田敏行の好演を、ぜひ本作でじっくりと楽しんでほしい。 文=堀慎二郎
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