「なぜこのビジネスなのか」を説明できない人たち
職場には「すぐあきらめる人」と「絶対あきらめない人」がいる。一体、何が違うのだろう? 本連載では、ビジネスパーソンから経営者まで数多くの相談を受けている“悩み「解消」のスペシャリスト”、北の達人コーポレーション社長・木下勝寿氏が、悩まない人になるコツを紹介する。 いま「現実のビジネス現場において“根拠なきポジティブ”はただの現実逃避、“鋼のメンタル”とはただの鈍感人間。ビジネス現場での悩み解消法は『思考アルゴリズム』だ」と言い切る木下氏の最新刊『「悩まない人」の考え方 ── 1日1つインストールする一生悩まない最強スキル30』が話題となっている。本稿では、「出来事、仕事、他者の悩みの9割を消し去るスーパー思考フォーマット」という本書から一部を抜粋・編集してお届けする。 本書では、「有機野菜の店」を開きたいDくんのケースを紹介した。 彼は「店の開業資金がないこと」「提携先農家が見つからないこと」に悩んでいた。 しかし、彼の最終目的が「有機野菜を売ること」なら、どこかで有機野菜を買ってきてトラックに積み込み、駐車場などで即売会を開けば十分という話をした。 つまり、悩みがちな人に見られる「◯◯がないからできない」という思考アルゴリズムは、思考や行動をストップする言い訳でしかなく、「◯◯がなくてもできる」ことに気づけば、その場で悩みは解消する。 しかし、彼の目的が「ただ有機野菜を売ること」ではないとしたらどうか? 彼は自分の店を持つことが夢で、しかも地域の農家とつながりながら活動したいとなると、少し話は変わってくる。 ● 「なぜこのビジネスなのか」を説明できない人たち 私のところにはいろいろな人が事業相談にやってくるが、なかでも多いのが、先代から引き継いだ同族会社の経営に困っている経営者だ。 相談内容はさまざまだが、たいていの社長はこう言う。 「◯◯をなんとかしたいのですが、うちの業界全体がシュリンクしていまして………」 「◯◯に困っています。しかし、この業界の事業モデルには縛りがありまして………」 「当社の業界に外資企業が入ってきて以来、◯◯という問題が起きていまして………」 つまり、彼らは問題が起きている原因が「業界」にあることをわかっているのだ。 私からの差し当たっての回答は「別の業界に移ったらどうですか?」になる。 業界全体が沈んでいるなら、そんなマーケットにさっさと見切りをつけ、別の業界で会社が生き残る道を探っていけばいい。 「この業界で事業を続ける」という前提があるせいで悩みが生まれているので、違う前提のもとで考えれば悩まずにすむ。 しかし、ここで「わかりました! そうしてみます」と答える社長はいない。業界を移るという選択肢は、彼らには一切ないのだ。 そして、だいたいの人が「いまの業界でビジネスを続けるべき理由」をあれこれ説明してくれるのだが、そこで合理的な説明ができる社長は皆無である。 無理やり根拠らしきものをでっち上げ、無茶苦茶なロジックを組み立てているようにしか見えない。「この業界で戦い続ける」というのは、まったく非合理的な経営判断なのである。 ただ、これは無理もないことだと思う。 彼らが「その業界にこだわる理由」は「親から継いだ事業を守りたい」以外にはないからだ。 創業社長とは違い、後継社長のほとんどは、業界や事業モデルを最初から決められている。 ● 「非合理な自分」を許せているか? 「そんな非合理なこだわりなど捨ててしまえ!」と言うのは簡単である。 しかし、人も企業もすべてが経済合理性で動いているわけではない。 「家業だから」という理由で業界を決めたっていいのだ。 それよりもよくないのは、後継社長たちが「自分の非合理性に気づいていないこと」である。 私から「そんな業界にこだわり続けなくてもいいのでは?」と言われても、自分が理屈の通らない経営判断をしていると自覚できていない。もっともらしい理屈を並べ、自分なりに筋が通っていると思い込んでいる。 しかし、これが悩みの発生源になっているのだ。 人は常に合理的に生きているわけではないし、企業にも理屈だけで説明できない部分はある。 そこにある「非合理な自分」を許して受け入れていないから、「やらなくていい理由」を自分の外に探し始め、それが悩みにつながってしまう(「お金がないからできない」「環境が悪いからできない」など)。 一方、悩まない社長なら、「別の業界に移ったらどうですか?」「そんな業界でやり続ける意味はありませんよ」と言われたとき、こう答えるはずだ。 「そうなんです。理屈が通っていないのも、もっと儲かる業界があるのも自分でわかっているんですが、それでもどうしてもこの業界でがんばりたいんです!」 こうやって相談されたら、私のほうでも「わかりました。じゃあ、その(非合理な)前提を置いたうえで『次の一手』を考えましょうか」と思える。 大切なのは、自分の非合理な部分を許すことだ。 ● 「動かさないほうがいい前提」を見極めよう 神戸生まれ・神戸育ちの私が、北海道の特産品を扱う会社をつくろうと決めた理由の1つも、純粋に「北海道が好き」だったからだ。 もちろん、それ以外の戦略的な狙いもあったものの、それだけでは説明しきれない部分があったように思う。 Dくんの最終目的が「ただ有機野菜を売ること」ではないとしたら、彼はトラックでの即売会をやらないほうがいいかもしれない。 たとえば、「自分の店を持つこと」が長年の夢で、しかも「地域の農家とつながりながら活動したい」と思っているなら、その前提で「次の一手」を考えていったほうがいい。 本書で紹介したとおり、悩みの沼から抜け出すには、とらわれている暗黙の前提に気づき、それとは異なる前提のもとで答えを探っていくこと(ラテラルシンキング)が必要だ。 しかし、人や企業の中には「動かさないほうがいい前提」もある。 このとき大切なのは、それが何かを自分で見極めることだ。 本当に「どうしても譲れないこだわりなのか」を問い直すことだ。 理屈に合わないこだわりを持っているのは、決して悪いことではない。 それを認めて受け入れる思考アルゴリズムを身につければ、他者からのアドバイスを受け入れたり、次なる課題に進んだりするのが格段にラクになる。 (本稿は『「悩まない人」の考え方──1日1つインストールする一生悩まない最強スキル30』の一部を抜粋・編集したものです)
木下勝寿