’24政治決戦(4)石破首相の「アジア版NATO」は暴論か
アジアにおける多国間枠組みという発想
自民党総裁から首相へということもあり、石破氏の持論はひときわ耳目を集めたが、今回の総選挙を前に公明党は、米欧諸国とロシアなどが参加するOSCE(全欧安全保障協力機構)のアジア版創設を提唱した。同機構は冷戦下の1975年にCSCE(全欧安全保障協力会議)として発足し、東西両陣営間の信頼醸成や軍縮などに取り組んできた。その「アジア版」は日中韓に北朝鮮、米露などにも参加を呼び掛け、事務局を日本においてアジア各国の対話の場にしたいという。 一方で共産党はASEAN(東南アジア諸国連合)に注目する。今年4月、各国の在京大使館関係者を前に講演した志位和夫議長は、かつて域内紛争が絶えなかった東南アジアで「対話の習慣」を重んじるASEANが地域秩序安定化の役割を果たしたことに着目し、対抗と分断が顕著な北東アジアにおいて、各国間の友好協力条約締結を提唱した。 北東アジアでは一時期、北朝鮮の核開発をめぐる6カ国協議が安全保障面での多国間枠組みとして発展することへの期待が語られた時期もあった。しかし、結局は機能不全から活動停止状態に陥り、北朝鮮による核開発が既成事実化する一方で、台湾有事が重大な懸案事項として浮上してきた。6カ国協議で中国はまとめ役を期待されたが、中国が当事者となる中台問題ではそのような調停役も不在である。 こうした状況で、もしアメリカの関与が不透明なものになったとしたら、地域秩序は一気に不安定化しかねない。その帰結が日韓の核武装といった一部のシナリオ通りにならないように、米国への引き留めという一本足打法だけではなく、発想の幅を広げておく必要がある。そのような議論の糸口の一つとして、「アジア版NATO」が提起していることには、相応の注意が払われてしかるべきだろう。
【Profile】
宮城 大蔵 中央大学法学部教授。専門は国際政治史・日本外交。1968年生まれ。一橋大学大学院修了。博士(法学)。政策研究大学院大学助教授、上智大学教授などを経て現職。著書に『戦後アジア秩序の模索と日本』(サントリー学芸賞、中曽根康弘賞)、『現代日本外交史』、『戦後日本のアジア外交』(編著。国際開発研究 大来賞)など。