元スカウト「あの試合が全て」現役退いた中日・田島 大学2部リーグの一投手が“何が何でも指名”に変わるまで
◇中田宗男の「スカウト虚々実々」 元中日の中田宗男さん(67)が今回のテーマに選んだのは、今季限りで現役を退いた田島慎二投手(34)だ。2011年ドラフトで3位指名。通算462試合登板の名リリーバーは、いかに誕生したのか―。 ◆中日、最近10年のドラフト1位指名選手【表】 東海学園大の田島の名前は大学1年のころには担当スカウトから聞いていましたが、私が実際に見たのは4年春でした。テイクバックからスムーズにトップをつくれる投球フォームに「高校2年まで捕手」と聞いて、合点がいきました。田中将(楽天)しかり、浅尾しかり。捕手のスローイングが投球に好影響を及ぼしているのがよくわかりました。上からしっかりとたたけるので、落ちるボールが武器になる。これも浅尾や高橋宏との共通点ですね。 そんな田島を「何が何でも指名しよう」となったのは、秋のリーグ戦でした。それまでリリーフで投げ続けていたのが、初めて先発。長いイニングでもしっかり投げられることが証明され、いくつかあった不安が払拭(ふっしょく)されました。あの試合が全てでした。しかし、多くのスカウトが見ており、中日が評価を上げたということは他球団も狙ってくるということです。目指していたのは4、5位でしたが、それでは取られる。上位の2人(高橋周、西川)は決めていたので、3位候補の筆頭に位置付けたのです。 ただしそれは極秘扱いでした。3位クラスなら通常は前もって指名方針を学校側に伝えるのですが、田島の時は情報を遮断しました。他球団に悟られたくなかったのです。ドラフト会議当日、指名を知った田島は感涙を流したと聞きましたが、中日は予想外だったからかもしれません。 よく聞かれる質問があります。「打者のレベルが落ちるリーグ戦で残した結果は信用できるのか?」。ほとんどを愛知大学リーグの2部で過ごし、無双だった田島は、その典型と言えます。答えとしては「まず気持ちよく投げること。本来その選手が持っている力を出せないのが、最も進歩を妨げる。成功体験を積み重ねることが、成長の促進剤である」です。最近でいえば、松山が好例ですね。 少なくとも投手は強豪大学にいけばいいとは限りません。失敗が続くと怖がるようになるからです。自分の力を信じて、どんどん打者を攻め、相手を受け身にさせる。それが投手を成長させてくれると思います。はるかに打者のレベルが上がったはずのプロ1年目も、田島はその勢いのまま結果(56試合、5勝30ホールド、防御率1・15)を残しました。 与四球の心配はほとんどなく、攻めの姿勢を貫く投げっぷりの良さ。18年あたりからでしょうか、蓄積疲労やコンディション不良から持ち味であるスムーズなトップがつくれなくなっていきました。ここ数年は苦しい思いをしながらの登板が続いたでしょうが、間違いなく一世を風靡(ふうび)したリリーバー。今はただ「お疲れさまでした」と言ってあげたいですね。(中日ドラゴンズ・元スカウト) ▼中田宗男(なかた・むねお)1957年1月8日生まれ、大阪府出身の67歳。右投げ右打ち。上宮高から日体大をへて、ドラフト外で79年に入団した。通算7試合に登板し、1勝0敗で83年に引退。翌84年からスカウトに転じ、関西地区を中心に活躍。スカウト部長などを歴任し、立浪、今中、福留ら多くの選手の入団に携わった。
中日スポーツ