黒部の新たな観光ルートを取材した、富山県が挑む「世界ブランド化」と周遊観光、黒部宇奈月キャニオンルートとは?
大自然と人知との闘いを体感する
キャニオンルートのツアーの起点はトロッコ電車の起点の宇奈月駅、もしくはアルペンルートのハイライトとなる黒部ダム。今回取材したのは、宇奈月駅から黒部ダムへ抜けるルートだ。一般の観光客も乗車するトロッコ電車の始発で欅平駅に向かい、ここでルートの説明と警備会社による手荷物・身体検査を受ける。安全のためにヘルメットを装着したら、工事用のトロッコ電車に乗り換えて、いよいよキャニオンルート内へ。今年の一般開放後も、このヘルメット着用と手荷物検査は参加者全員に対して行われるという。 ルートを進んでいくと、日本の屋根といわれるこの山岳地帯の地下に、これだけの設備が、しかも昭和初期に作られたことに驚く。まずお目見えする竪坑エレベーターは、欅平より約200メートル標高が高い仙人谷へ、物資を運ぶために設置されたものだ。 その後、小型車両が連結する蓄電池機関車に乗り、仙人谷へ進んでいくと、黒三発電所工事の最大の難所で、小説「高熱隧道」にも描かれた高熱地帯に入る。建設当時、岩盤の最高温度は160度にも達し、岩盤から蒸気や熱湯が噴き出したり、地熱によって工事用の火薬が発火する危険もあった。ルート中は、その過酷さに屈せず、掘削を進めた人々の壮絶な苦労と工夫が説明される。 そんな高熱地帯を越えて到着した仙人谷駅は、久しぶりに外界がのぞける地上駅。仙人谷ダムと背後の山々の奥に青空が映える景色は、これまで限られた人々だけが見てきた絶景だ。 そしてキャニオンルートは、高度成長期の関西地域の電力需要を支えるべく建設された、黒四(くろよん)へ。まずは、黒四発電所の内部で周辺の地形や厳しい気候条件の案内を受けるとともに、国立公園である一帯の環境保護のため、完全地下式で建設された発電所設備を見学する。 入口のレリーフには、黒四建設を決断した当時の関西電力社長、太田垣士郎氏の言葉が刻まれている。「経営者が十割の自信をもって取りかかる事業。そんなものは仕事のうちには入らない。七割成功の見通しがあったら勇断をもって実行する。それでなければ本当の事業はやれるものじゃない。黒部は是非とも開発しなけりゃならん山だ」。キャニオンルートを通りながら難工事の軌跡や周辺の過酷な自然環境を理解したからこそ、その言葉の重みが心に響く。 その後、長さ815メートル、34度の急傾斜をインクライン(傾斜鉄道)で上り、約400メートル上にある標高1325メートル地点の黒部トンネルに到着。専用バスに乗り、黒部ダムへ向かう途中でタル沢横坑へ寄り道すると、高難度の山に挑んだ登山者だけが拝めた絶景「裏剣」(剣岳の裏側の秘境)と周囲を彩る紅葉が、目の前に広がった。 取材時の所要時間は、約4時間(手荷物検査やレクチャーなど含む)。その多くが地下を通り、電源開発の苦難の歴史に触れる時間だ。ルートを通り抜け、黒部ダムに到達すると、困難な工事を経て完成した黒部ダムが、大自然を背景に堂々とした姿で現れる。長く人を寄せ付けなかったこの秘境で、これだけの事業をやり遂げた先人の英知と不屈の精神に感嘆し、大自然に対する畏敬の念が込みあがってくる。