LGBTQ+当事者の子ども時代の体験談を児童文庫で小説化。著者が「子どもたちにこそ伝えたい」と語る“性のあり方”とは?
LGBTQ+について書かれた大人向けの本は多く刊行されているが、児童~10代向けの本で、子どもを主人公にしたものはまだ少ない。思春期に差しかかる子どもたちに性の多様性を伝える作品を届けようと、2年かけて『きのうの君とみらいの君へ ~思春期の6人の物語~』(集英社みらい文庫)を書き上げた天川栄人さんに、作品が生まれるまでの経緯や思いを聞いた。 作者の天川栄人さん
ホストマザーに叱られて気づいたこと。知識と現実の違いにハッとさせられた取材
――児童~10代向けの本で、LGBTQ+をテーマにした作品を書こうと思ったきっかけは、どのようなことだったのでしょうか? 天川栄人(以下同) 大学院生の頃にLGBTQ+に関心を持ちました。オーストラリアでの語学留学中にLGBTQ+の祭典へ行き、男性がパートナーの男性にプロポーズをするシーンに遭遇しました。 幸せそうな様子に感動し、帰宅後にホストマザーに「あのような場面は見たことがない、日本にはゲイはあまりいないから」とポロッと言ってしまったら、「それは違う、見えないだけで、日本にもゲイはたくさんいる。 もっとオープンになるべきで、そういう環境を作らないといけない」と叱られたんです。そのときから見える景色が一気に変わりました。 中高生が読むYA(ヤングアダルト)図書では、LGBTQ+をテーマにした作品を書いていますが、児童文庫ではLGBTQ+のキャラクターが出てくる作品は少ないと感じていました。 同性愛者のキャラクターは、最近児童文庫でも少しずつ描かれるようになってきて、私も脇役では書いたことがありますが、トランスジェンダー当事者が主役となるような作品は、児童文庫ではきわめて少ないと言っていいと思います。 LGBTQ+の比率を考えると児童の中にも多くの当事者がいるはずなのに、物語の中でずっと存在がスルーされていることが、果たしていいのだろうかと感じていました。 ――最初はフィクションの作品を考えていたと聞きました。 LGBTQ+を児童文庫の作品のテーマとすることは難しいものだと自覚していました。企画段階ではフィクションでと考えていましたが、編集長から、実際に取材をして小説にしては、というお話があり、そのほうがいいと感じました。 専門書を読んだりセミナーや学会を聴講したり、勉強をしてきた自負がありましたが、実際に6名の方に取材をしてみると、私が知識として持っているものと、当事者の方の現実は乖離していたのです。 ゲイの方と話をしたときに、私は同性同士の結婚を「同性婚」と表現していました。しかし、ご本人は「結婚」と言っていたのです。同性婚というのは、異性愛が基準になっているから出てくる言葉です。当事者にとっては特別なことでなく、ただ結婚がしたいだけ。 また、別の取材者の方に、「SOGI(性的指向と性自認を組み合わせた言葉)」をたずねたときに、「私は私です」とおっしゃっていたり。こういった点にズレがあることに取材を通して気づき、思っていたものとは全く違う日常があることにハッとさせられました。 ――体験談をもとに小説化したことはよかったと思いますか? そうですね、毎回2~3時間の取材でしたが、迷い考えながら話をしてくださったり、思っていなかったようなお話をしてくださる方もいて、当初の想定をはるかにこえる気づきがありました。 私が想像で書くものが、知識としては正しかったとしても現実の生活に即していなかった場合に、当事者の子が読んだら「この人、何もわかっていないな」と思うはずです。実話をベースに小説にでき、本当によかったと思っています。 ――原稿を書くうえでの壁はありましたか? 今までで一番難しい仕事でした。これまでフィクションしか書いたことがなく、今回は想像では書けない作品でしたので、本当に勉強させていただきました。 最初の段階では取材した方の話を、人生のダイジェストのようにまとめていましたが、編集長から「ひとつの光景が浮かぶように書いてほしい」と意見をいただきました。そこにたどり着くまでが本当に長かったですね。 ――子ども向けという点での難しさもあったのでしょうか? 小中学生向けの作品ですので、なるべく思春期までの、取材した方の子どもの頃のエピソードを入れるように心がけました。 小中学生の読者はその部分を一番読みたいはずですし。大人になってから感じていることではなく、読者の年代の頃の悩みを知りたいと思い、鮮やかに描けるよう注力しました。