リト「もう謝りたくない」 弱みだった発達障害の特性を生かし、会社員から葉っぱ切り絵アーティストに
もし転職してもこれまでと同じことになるだろう。ならばと18年10月、会社をやめサラリーマン生活に別れを告げる決断をした。では自分は一体何がしたいのか──生まれて初めて自分と向き合った。不安はあったが、自ら進む道を決められる「自由」を手に入れられた解放感も大きかった。 大前提として決めたことがある。それは今後「すみません」と言わないこと。一生分の「すみません」を口にしてきたからだ。その代わり「ありがとう」と言われる仕事につきたいと考えた。 具体的に職業を考える前に、カードゲームで「手札」を確認するように、自分の“武器”を書き出した。とくに一つのことに集中しすぎる「過集中」は、並外れた集中力として生かす道があるはずだ。そんな特性をどう生かすかを試行錯誤していたある時、紙に落書きしていたものを眺めて「アートのようなものができるんじゃないか」と思った。 見えてきた職業が「アーティスト」。険しい道になることはわかっていた。だから2年間死にものぐるいで頑張り、駄目だったら障がい者関係の仕事などを見つけると両親に言っていた。 19年2月、怪獣やカニなどを超精細にボールペンで描いたり、スクラッチアートや粘土に絵付けをしたりしてSNSに投稿した。最初は反響もあったが次第に反応は鈍くなった。 「失業手当も底をついてきて怪獣フィギュアを泣く泣く2体売りましたね。親と同居していたので家にお金を入れたかったし」 レシートを使った切り絵に挑戦し始めて間もない20年1月、ネットで見た作品に衝撃を受けた。1枚の葉っぱに2頭のシカが森で佇(たたず)む様子が切り絵で描かれていたのだ。スペインのアーティスト、ロレンツォ・デュランの作品。小さい葉に世界観、物語が凝縮されていることに感動し、すぐさま公園に行き、葉っぱをみつけて作り始めた。
■奪い合ったりするよりも 助け合う関係性の作品を ロボットが植物に水をあげる絵やマニアックな動物の絵を投稿したが反応は鈍い。ところが5月に絵本『スイミー』の世界を描くと、初めて1千の“いいね”がきた。さらに作品につけていた解説をやめ、ひと目でわかる題材に変えようと考え始めた矢先に生まれたのが、巨大ジンベエザメを描いた「葉っぱのアクアリウム」。8月に投稿した。 「直後からスマホの通知音が鳴りやまなくて、最終的に3万もの“いいね”がつきました。これ以上駄目なら葉っぱはやめようかと思っていた時だったので、運命の作品になりました」 さらに1カ月もたたないうちに絵本『エルマーのぼうけん』をモチーフにした作品で過去最高の13万“いいね”を獲得。2回バズらせたことで「確信を得た」という。こういうものを作っていけば、やっていけそうだというイメージができたのだ。その前後からメディアの取材が活発になり、フォロワーが増えていった。 フォロワーの反応を分析すること以外にリトは、SNSでバズるために徹底研究をした。バズる人の投稿を徹底検証し、例えば家の中で作品を撮るより葉っぱは外で空をバックにした方が映えること、インスタグラムでは画角を統一させた方がきれいに見えるといった学びを得た。こうした対策を日々やりながら何かに似ていると思った。 「対戦ゲームの攻略法です。ゲームも切り絵も限定された世界でどう問題をクリアするかを考える。攻略法をロジックで考えるのは好きなので、ゲームをしてきたのは無駄じゃなかったなって」 とはいえ、肝心なのはどんな新作を作るか。これはいくら経験を重ねても簡単にはいかない。ただ、彼にはたくましい「想像力」があった。幼い頃からアニメやゲームなどが終わると、その続きを考えるのが好きだった。サラリーマン時代は、注意を受けているシリアスな場面なのに、上司の服の色やボタンをみて、そこから違うことを連想してしまう癖があった。 「僕の頭の中にはショート動画が脈絡なくずっと流れているような状態で、無の時間がないというか。これもADHDの特性の一つなんですが、それも作品づくりにつながっていると思います」 (文中敬称略)(文・西所正道) ※記事の続きはAERA 2024年11月4日号でご覧いただけます
西所正道