リト「もう謝りたくない」 弱みだった発達障害の特性を生かし、会社員から葉っぱ切り絵アーティストに
ただ大学生になっても、自分が何をしたいのかがまったく見えなかった。みんなが就活するからという理由でリクルートスーツを着て活動はした。しかし就活はうまくいかず、大学時代にバイトしていたチェーン展開する寿司会社に就職した。 もっとも、正社員となると任される仕事が違った。バイト時代は店頭販売係だったが、寿司を作る仕事になったのだ。直面したのは、自分は人と比べて仕事が遅いこと。一つの仕事に集中しすぎるあまり他の仕事を同時にすることが難しいのだ。そこで始発の電車に乗り誰もいない厨房(ちゅうぼう)に入り、自分のペースで材料の解凍や仕込みを行った。夜10時前に店を出ても、すぐ帰宅することはなかった。ゲームセンターで毎日、閉店まで遊んだのだ。 「ゲームが自分の生きがいになっていたっていうか。仕事は全然駄目だったんですけど、よくやる対戦ゲームではある程度活躍していたから」 激務で疲れ切った表情の息子を見かねて、母の幸恵は「(会社)やめたら」と言ったことがある。しかし首を縦に振ることはなかった。こんな自分でも雇ってくれているこの会社は悪くないかもしれないと思ったからだ。 しかし7年目に回転寿司店に異動になり進退窮まった。仕事内容がまるで違うのであたふたしてばかり。一緒に異動してきた若い人は適応しているのに、リトは仕事の覚えが悪かった。周囲からは「お前真剣にやってんの?」という目でみられた。質問するのだが若いマネージャーは厳しく、「マニュアルに書いてあるでしょ。全部読んだ?」と問いつめられる始末。 「迷惑をかけてばかりでした。僕は人一倍、人に迷惑かけたくないという思いが強いんですよ。だから、これじゃあいないほうがいいじゃんって」 ■ADHDの特性生かしたい アーティストの道を選ぶ 7年間勤務した会社をやめ、和菓子店などで働くが、ここでも仕事が覚えられず苦しんだ。なぜ自分はこういうことになってしまうのか。ある日、ネットで調べていると「発達障害」という言葉に出合った。その中のADHDの症状が自分に当てはまった。「仕事のミスが多い」「仕事が遅い」「目の前のことだけをする」……。専門医を受診するとADHDと診断された。 「要領が悪かったのは能力の問題ではなかったし、努力不足でもなかったんだ。特性が原因だったんだとわかって、ホッとしました」