なぜ伊調はアジア選手権で敗れたのか?五輪5連覇は難しいのか?
ケガを抱えつつも攻撃する姿勢を取り戻し逆転したリオ五輪決勝と異なり、アジア選手権準決勝での伊調は、試合の前半3分が終わっても、なかなか攻撃モードに切り替わらない様子だった。ロンドン五輪前に「スロースターターを変えたい」と繰り返し話しており、実際に五輪本番では積極的な攻撃を繰り返したが、この試合では、昔の“悪い癖”がまた顔を出したようだった。 キャリアが長くなってきたレスリング選手に共通する傾向として、自分から攻めず攻撃が消極的になるという側面がある。試合での様々な展開を経験したために、その流れを利用した巧さで試合を制しようという考え方になるらしい。ところが、その傾向が裏目に出てしまうケースがある。経験が少なく、先入観を持たない若手の突破力が、ベテランの経験に基づく“巧さ”を上回るのだ。その流れを理解しているからこそ日本女子は、タックルで攻撃をすることを最大の特徴として最強国として君臨してきた。だが、かつてと比べると、その実力差はなくなってきた。 「若手の勢いとか、彼女達のがむしゃらさとか、そういった面は見習わないといけない」と伊調は久しぶりの国際大会で感じたことを振り返っている。 世界の世代交代が進み日本が最強国であることは変わらずとも、国際試合で勝つことが当たり前ではなくなってきた。女子レスリングが初めて五輪の正式種目となった2004年アテネ五輪のメダリストたちは、ほとんどが引退して指導者や別の道へ進んでいる。いったんは退くことを決めた伊調だったが、大きく世代交代をし階級や計量のシステムが変わったレスリングに戻ってきた。元の選手の感覚を取り戻すことに手一杯で二の次になっていたかもしれない勝利への欲を、今回の敗戦は再び思い出させてくれたようだ。 「日本の選手は、負けてから、その後、しっかり勝てている選手が多いので、これからに期待しています」 全階級でメダルという目標は達成したものの、手堅く優勝すると思われていた階級がメダルの色を変えたことについても含めて大会結果を総括した笹山秀雄・女子監督の言葉は、そのまま伊調にも当てはまる。 6月の全日本選抜では、世界選手権(9月、カザフスタン)の代表の座をかけてリオ五輪63kg級金の川井梨紗子と再び戦うことになる。世界選手権の出場権を得て、そこでメダルを獲得すれば東京五輪の代表に内定する。 昨年12月の全日本選手権では伊調が川井に勝利し、代表争いは一歩リードした。だが、その川井もおそらく、伊調に負けたことで今までとは次元の異なる強さを身につけているはずだ。伊調の五輪5連覇の可能性を語る前に、代表争いという大きな関門が待ち受けている。ただ彼女達のレベルの高い戦いによって、日本の女子レスリングは、また進化した新しいステージへ向かっていくことも確かである。 ‘(文責・横森綾/フリーライター)