月ノ美兎のイズムを体現した“異形のMV” 「てんやわんや、夏。」監督・UBUNAが語る誕生秘話
キャラクターと役者性のバランス
――「キャラ付け」の面ではいかがでしょう。俳優さんたちに月ノ美兎さんたちの性格を意識するような指示はされたんですか? UBUNA:今回出演いただくうえで先入観を持って欲しくなかったので、元々VTuberのことを全く知らない俳優さんたちを起用をしています。そのうえで、役者さんたちに私なりに書いた資料とともに「この配信の切り抜きは性格がすごく出てるから」と伝えて映像を観てもらい、キャラを作ってきてもらいました。 元々のキャラクターはもちろん、俳優さんの魅力も捨てずにできたらいいなと思っていて。まんまコピーしてもらうよりは、俳優さんたちの人間味も別に伝わった方が良くなると考えていました。 ――「自分本来の性格も残してください」というのは、明確に伝えたんでしょうか。 UBUNA:これはドラマ『サバエとヤッたら終わる』の制作時にも意識していたことなのですが、作品を観た視聴者が「キャラクターを通して役者のことも好きになる」というのが、実写化のあるべき姿なんじゃないかな、と私なりに思っているんです。 原作のある作品を実写化するときって、役者さんたちにそのままキャラクターを演じてもらうとただのコスプレになってしまう。そうではなく、役者自身の多面的な性格の中から、「キャラクターに近い部分を掘り下げてもらう」というアプローチを取っています。 ――『サバエとヤッたら終わる』も原作の世界観がうまく伝わってきましたが、確かにあのドラマも「漫画のトレース」ではないですね。 UBUNA:私自身、めちゃくちゃ『サバエ』が好きだし、美兎さんたちのこともすごく好きで、つまり「原作愛」が前提としてあります。そして、それはなによりも優先しないといけないものだと思っています。 ただ、その次の課題として、役者さんたちの一面を好きになってもらいたいんです。『サバエ』のときも、沢口愛華さんがグラビアをずっとやってきた中で、他のメディアであまり露出したことがない“男勝り”な一面がある、みたいなところを出せたら一番理想的だなと思っていました。 それでいうと、「てんやわんや、夏。」は、そもそも「3人に似ている人」を探して起用しているわけじゃないので(笑)、私が魅力的だと思った役者さんたちに声をかけて真剣にキャラクターを掘り下げてもらって、結果的にファンの人たちにも愛してもらえたと思っています。そういう意味では、映像ができても完成ではなくて、視聴者さんのリアクション込みで完成できた作品ですね。 ――『サバエ』の場合は漫画原作ということで、創作物のキャラクターを再現していますが、VTuberの再現はバランス取りが相当難しかったのではないでしょうか? UBUNA:めちゃくちゃVTuberさんを好きな人たちがやると、仕草なども完コピで表現すると思うんです。でも、そうした「VTuberの人間味」の部分も表現しようとすると、別の伝わり方をしちゃうとも思ったので、そこは記号的でいいと考えました。 清楚系で可愛くて先輩らしいところもあるけど抜けているところもある月ノ美兎さん。笹木咲さんはちょっと不幸体質ですぐへばっちゃうし、椎名唯華さんはぽけーっとしてるけど意外と頼られている。MVの中に細かい要素を詰め込みすぎないように、3人の記号的な部分だけを拾い上げて、最低限守って欲しい要素として伝えました。 ――とはいえ「てんやわんや、夏。」はカオスな作品に仕上がっているわけですが、撮影スタッフの様子はいかがでしたか? UBUNA:撮影しているとき、「俺たちはいま、何を撮ってるんだろう」とみんな言ってましたね(笑)。「明確に目指すべきもの」というのが無いぶん、めちゃくちゃふわっとしていて。みんな「これでいいんですかね?」「多分わかんないけどいいと思う」みたいなやり取りをする状況で作っていました(笑)。こんな経験は初めてでしたね。 ――そういえば月ノ美兎さんは配信で、遠くから撮影を見ていたとおっしゃってましたね。 UBUNA:「せめてちょっと変装して遠くで見ます」と言って、サングラスや帽子をかぶって、遠くにあるモニターから見守ってくれていました。 「めちゃくちゃいいMVだった。笑ったし、汚いのに綺麗な感じで、すごい不思議な感覚になった。普通にちょっと感動した」といった、オブラートに包まれていない感想をいただきました(笑)。 ――パリピなプロレスラーとビキニギャルにしなくて正解でしたね。 UBUNA:そうですね(笑)。撮影後にキャンプファイヤーをして、みんなでイカゲソとか焼いたりして、撮影自体もすごく楽しかったです。ちなみに、美兎さんご本人はマシュマロを焦がしていました。 あとは引き算の話に戻ってしまうんですが、めちゃくちゃ知名度のある役者さんではなく、劇団とかインディーズの役者さんにお願いしたのもよかったなと。観る側もその人のことを知っていると、要素が多くなっちゃうので。 ――特に「面白いものが撮れたな」と感じたシーンはありましたか? UBUNA:部屋のシーンで、みんながシーシャを吸っているところですね。これはいい絵だなと思って、その場で別の場所にいた美兎さんにも送りました。「めっちゃいいじゃん、(北野武監督の)『アウトレイジ』っぽい」みたいなやりとりをしていました。 あと、月ノ美兎役の宮川翼!!さんは、以前自分の映画に出てくれていた人だったんですが、レゲエが好きな人で、身振り手振りも自分で考えてきてくれました。「にじさんじ!」っていうハンドサインも考えてきてくれたんですよ。