昔の日本人はどのように「キツネにだまされて」いたのか? その「手口」のパターンに迫る
「キツネにだまされた」という話は、似たようなものがいくつも受け継がれており、そこには複数のパターンがあるとわかる。現代の私たちなら、異なる説明を考えるだろうが、当時の世界観では「キツネの仕業」として受け入れられていた。哲学者の内山節が、キツネと人間の関係から、昔の日本人の世界観を読み解く。 結局「時代の節目」とはいつのことを指しているのか? ※本記事は『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(内山節)の抜粋です。
鮮やかな窃盗の手口
キツネにだまされたという話には、いくつかのパターンがある。そのなかには特にだまされたというより、その能力に人間が敗北したといったほうがよいものもある。 キツネは自然の変化や人間の行動をよく知っている動物である。だから、たとえばこんな話がよくある。村人が山道を歩いていく。目的はマツタケ、マイタケといった「大物」の茸狩りで、弁当をもって朝から山に入った。こんなときに歩く山道は登山道のようによく整備されたものではなく、地元の人間にしかわからないような険しい道である。途中には岩をよじ登ったりしなければならない場所もある。 そういう所にさしかかると、人間はたいてい最初に弁当などの荷物を、手を伸ばして岩の上に置き、それから両腕を使って岩の上によじ登る。こういう場所でキツネは待っているのである。そうして人間が岩の上に弁当などを置くとそれをくわえて持っていく。岩の上によじ登ったときキツネの後姿をみかけることもあるが、忽然として弁当が消えたとしか思えないこともある。そんなとき人々はキツネにだまされた、あるいは悪さをされたという。 あるいはこんなことがある。旅人や隣の町に買い物に行った人が、夕方の山道を急ぎ足で歩いていく。峠にさしかかると、そこは多くの場合切通しになっている。そんなところを抜けると天気や気候が急変することがよくある。それまでは比較的暖かかったのに、切通しを抜けると冷たい風が吹いていたり、ときには切通しの向こうは吹雪というようなこともある。 そういう事態に遭遇すると、人間たちはその場所に荷物などを置いて、上着のボタンをしめるなど服装を整える。ここでもキツネは待っている。そうして一瞬のスキを突いて、下に置いた荷物のネライを定めていたもの、それは食べ物が入っているものなのだけれど、をくわえて逃げていく。村人はキツネにしてやられてしまったのである。