図書館1万1000軒分の情報が入る<人の脳>。なぜ辛く忘れたい記憶ほど残り続けるのか…『スマホ脳』の著者が教える記憶の謎
◆見えないゴリラ では被験者が事前に強盗が起きることを知っていて、何に注目しなければいけないかもわかっていたら、どうなっていたでしょうか。もちろん、目撃談はもっと正確になったはずです。何に意識を向けるべきなのかわかっているのですから。 しかし、その時に「道路を通る白い車の数を数えるように」と指示されていたら、強盗が起きていることすら目に入らないかもしれません。犯罪には当然目がいくはずだと思うでしょうが、必ずしもそうではないのです。 有名な実験で、白いユニフォームと黒いユニフォームの2チームがそれぞれのチーム内でバスケットボールをパスしていく動画を観せ、「白いユニフォームのチームが何回パスするかを数えてください」と指示したものがあります。数える人たちにとって黒いユニフォームのチームのパスは集中を邪魔する存在でした。 被験者が数えるのに夢中になっていると、ゴリラの着ぐるみが現れ、選手たちの間をのんびりと横切ります。それで被験者の集中が途切れたと思いますか? なんと被験者の約半数がゴリラに気づきもせず数え続けていたのです。 これは人間の集中力の限界を表す良い例です。私たちは1度に1つのことしか集中出来ません。この実験からも、脳が与えてくる外界のイメージをそのまま信じてはいけないことがよくわかるのではないでしょうか。
◆なぜ覚えていないのか 人間の脳には本がいっぱい詰まった図書館1万1000軒分の情報が入るようになっています。つまり記憶には膨大なスペースがあるのですが、肝心なのは使いたい時に使いたい記憶をうまく探せるかどうかです。 たった今経験していることに必要な記憶をコンマ何秒かで探すには、記憶が多過ぎてはいけません。やたらと時間がかかってしまいます。 眠っている間に脳はその日に起きたことを見返し、今後役に立つと思われる記憶だけを保存します。それ以外の記憶は捨てられます。つまり忘れ去られるのです。 ここで脳が保存しておく記憶というのは、何よりも「生きのびるために重要だ」と思われる記憶です。中でも最優先されるのは「危険や脅威」といった強い感情に結びついた記憶です。 子供の頃、ジャングルジムから落ちて指を折った時のことは鮮明に覚えているものですが、その後に買ってもらったアイスクリームのことはとっくに忘れているでしょう。
◆脳の「記憶センター」と「警報センター」 脳の「記憶センター」は海馬と呼ばれ、そのすぐ前に「警報センター」の扁桃体があります。その2つが前後に並んでいるのは偶然ではありません。 扁桃体が警報を鳴らすたび、「この状況は重要だから覚えておかなくては」というシグナルが海馬に送られ、「高解像度で鮮明」な記憶がつくられるのです。 わいた感情が強いほど、特にそれが恐怖やパニックだと、記憶にはっきり残る確率が高いでしょう。 あまりうれしいことではありませんが、忘れたい記憶こそが脳にとっては重要であったりするのです。 ※本稿は、『メンタル脳』(新潮社)の一部を再編集したものです
アンデシュ・ハンセン