韓国人作家にノーベル文学賞 作品の翻訳家が語る"韓国文学"の魅力 「お薦め本」リスト付き
こういった出版社の地道な活動、それに翻訳者が「これを訳したい」と思って進めた地道な活動を通して、ハン・ガンさんの本はほとんど日本語で読める。これは珍しいことなんだそうです。若くて、ノミネートされて何年も経っているという方ではないですから。 ■韓国の”苦しみの時期”が文学を生み出した 韓国文学には、どういう魅力があるのか。古川さんは、こう話しています。 古川綾子さん: 韓国が民主化されたのは1987年です。今のキラキラした韓国ももちろん韓国なんですけど、民主化されてまだ40年も経っていないっていうのも現実なんです。もっと昔からずっと苦しみの時期はあったわけで、さかのぼれば日本による植民地支配から始まるわけです。そこから朝鮮戦争、分断に伴うイデオロギーの闘争、その後は軍事独裁政権と続くわけで、自由を抑圧され、自由に声を上げられない時代が80年近くあった、ということなんです。そういう環境の中で育まれた韓国文学には、いくつかの特徴、魅力みたいなものがあると思うのです。 例えば、ハン・ガンさんの『少年が来る』は、光州事件を背景にしています。朝鮮戦争をテーマにしたのはパク・ワンソさんの『新女性を生きよ』。済州島4・3事件はヒョン・ギヨンさんの『順伊(スニ)おばさん』。こういった大きな事件を踏まえた上での小説は多いのだそうです。自由にしゃべれなかった時代が長かったことが背景にもあります。 ※ほかに古川さんが紹介した本とそのテーマ。 『広場』チェ・イヌン著、吉川凪訳(分断) 『こびとが打ち上げた小さなボール』チョ・セヒ著、斎藤真理子訳(都市開発・格差) 『外は夏』キム・エラン著、古川綾子訳(セウォル号沈没) でも、あくまで文学であって、ノンフィクションではありません。私はまだ1冊しか読んでいませんが、ハン・ガンさんの『別れを告げない』は、幻想的な要素もあり、これまでにあまり読んだことない感覚の本でした。 ■韓国文学の3つの魅力 韓国文学の魅力について、古川さんは3つ挙げています。 (1)風化させないという鎮魂の思い、記憶の記録としての文学 古川綾子さん: 国民や国家の一大事が、ずいぶん長い間続いたわけです。そういった出来事を前に、作家にできることは何か。文学にできることは何か。作家としての使命とは何か、というのをすごく愚直に追い求めている。ハン・ガンさんがノーベル文学賞を受賞した際、スウェーデンアカデミーの紹介文に「過去のトラウマに立ち向かい」「人間の命のもろさを浮き彫りにする」という表現をしていたんですが、『少年が来る』とか『別れを告げない』という作品は、過去に現実に起こったジェノサイドだったり、戦いだったりがモチーフになっているんですね。今も世界中では、そうした残酷で残虐な出来事は続いていて、それがノーベル文学賞の選定の一つの理由にもなったのかな、と思っています。 (2)文学は社会の正しさを問う存在であるという使命感 古川さんは、韓国人作家から「自分たちは正しさの指針であるべきだ」という誇りみたいなものを感じるそうです。照れや見栄が一切なく、全部ストレートでまっすぐ読み手の上に落ちてくるという感覚があるんだそうです。 (3)体制批判や社会問題をテーマに、個人の物語を積み上げていく 古川綾子さん: 土台に大きな出来事を作って、その上に個人の1人1人の市民の物語を積み上げていくというパターンが多いんですが、これもやっぱり、国を揺るがすような出来事とか凄惨な事件には、必ず名もなき人々、市井の人々の犠牲、1人1人の物語があって「個人の痛みを社会全体で共有する」という気持ちがあるのかな、と思います。韓国文学を読んでいると、「個人的なことは社会的なことなんだ」というメッセージがすごく伝わってくると思います。