JR九州高速船の「浸水の隠蔽」はなぜ起きてしまったのか? 重要な「判断の二分」とは
なぜ、浸水の隠ぺいに転じたのか
このように、問題事象が発生する直前までは、浸水は生じていたものの、「まずは第一報」の方針の下で当局への報告は行われ、隠ぺいしようとする様子はありませんでした。2024年1月の原因不明の浸水の際は、当局への報告を行い、確認作業を経て、当局からは運航の許可を得ていました。 ところが、1週間ほど後に当局から連絡があり、運航の許可を取り消され、運航停止の指導をされてしまったのです。その後、ドックで点検したところ、クラックが見つかり、その修理を終えて運航再開しました。 実は、浸水の隠蔽などの不正が始まったのはそれからです。2月12日に生じた浸水の量は2~3リットルでした。翌日は、雑巾で拭き取れるほどの量でした。このとき、「まずは第一報」の方針にもかかわらず、クラックからの浸水である可能性は低いという想定で、運行管理者は当局への報告をしないという判断をし、社長や安全統括管理者も了承しました。 さらに、浸水の状況を記録することにしましたが、その記録は航海日誌やメンテナンスログは公式のものではなく、非公式の記録簿にされました。公式の記録簿は、必要時に当局が閲覧する可能性があるので、それを避けたと考えられます。 少量の浸水はその後も継続していて、5月27日から急に浸水量が増えました。そこで、浸水警報装置が作動しないように、センサーを元の位置から60cmほど上へ移設しました。それでも、5月30日には浸水警報装置は作動してしまいました。 浸水警報装置が作動すると、当局への報告をしなければなりません。その際に、今更本当のことは言えず、この直前に突然浸水したかのような説明がされたのです。
ガバナンスの前提となる「判断の二分」とは
隠蔽は、2月12日の少量の浸水から始まり、浸水が続きあるいは量が増えても、是正されませんでした。 公共交通機関の運行は多くの人に影響を与えます。高速船が運航していた福岡・釜山間も多くの予約客がありました。調査報告書によると、社長や幹部がそろって、浸水がありながら運航を継続する決定をした理由は、会社の利益を優先したというよりも、予約客への迷惑を考えたとのことです。 JR九州高速船の社長は、鉄道を運航するJR九州出身で、鉄道の経験はあっても船の運航の経験はありませんでした。このときは、周囲の複数の経験者が「運航継続」の判断で一致したので、それを追認したと考えられます。 社長は、鉄道事業での安全優先の原則は身に染みているはずですから、もし真剣に運航継続の可否を考えたら、安全優先の原則に戻れた可能性は高いでしょう。 それを可能にするには、難しい判断のときに、社内の意見を敢えて「二分」させることが有効です。船舶を運航する運航部、特に運航管理者や安全統括責任者は安全な運航に責任を負い、乗客に対応する営業部は顧客満足や事業の利益に責任を負います。 組織の目標や人事評価の基準としてそれを明確にし、難しい状況のときにそれぞれが簡単に折れないようにするのです。運航部と営業部の意見が衝突すれば、社長は真剣に考えます。企業のガバナンスは、そのような組織設計の下で実現できるのです。 九州には魅力的な観光地が多く、また、福岡・釜山航路の船便は日本を訪れる多くの外国人観光客にも利用されていると聞きます。JR九州高速船が、安全な公共交通機関としての信頼を取り戻し、福岡・釜山航路に復帰されることを期待します。
執筆:中小企業診断士・公認内部監査人 魚谷 幸一