「そこまでやるか」…「不当判決」を受け入れて死刑になるという「史上最大のボケ」をかましたソクラテスの「衝撃の真実」
クローン人間はNG? 私の命、売れますか? あなたは飼い犬より自由? 価値観が移り変わる激動の時代だからこそ、いま、私たちの「当たり前」を根本から問い直すことが求められています。 【写真】「不当判決と死刑」という「史上最大のボケ」をかましたソクラテスの真意 法哲学者・住吉雅美さんが、常識を揺さぶる「答えのない問い」について、ユーモアを交えながら考えます。 ※本記事は住吉雅美『あぶない法哲学』(講談社現代新書)から抜粋・編集したものです。
不当判決に従ったソクラテス
古代ギリシアの哲学者・ソクラテス(前469?─前399)のすごいところは、何といっても自分の命を犠牲にしてまでおのれの哲学を世に知らしめたことだ。彼は執筆しなかったが、自分の言動と生き方・死に方でその哲学を後世にくっきりと残した(弟子のプラトンがソクラテスの行状を記している)。 もともとは良家の生まれだったが、裸足で歩き回り、無収入で、妻に水をぶっかけられながらもいろいろ考えていた。ある日、デルフォイの神託所で「ソクラテス以上に知恵のある者はいない」との神託を受けたと友人から聞き、本当かどうか確かめるためにアテナイ(当時のギリシアで最も有力だった都市国家)中のありとあらゆる知識人を尋ね歩き、質問攻めにした。 たとえば「勇気」とは何か、「美」とは何か、といったことを卑近なたとえから知識人に問う。はじめは知識人は「何をわかりきったことを」とばかりに余裕で答えるのだが、ソクラテスはその答えに不明な点や曖昧な点、矛盾点などを発見してさらに食い下がる。知識人も懸命に答えていくのだが、ソクラテスの執拗な追究に答えきれず、しまいには問いについて真にわかっていなかったことを思い知らされる。 こうしてソクラテスは、世の知識人の知は上っ面だけのもので彼らは何もわかっていない、それに引き替え自分ははじめから無知を自覚しているのでより真理に近い、なるほど神託の言うとおりだったと確信した。以後彼は、人々を無知の自覚へと誘うべく、あれこれ尋ね歩く活動に人生を費やすようになった。 それにしても、突然質問されて皆の前で恥をかかされる人々からしたら、正直、嫌な奴である。ぶち切れてソクラテスを蹴ったり殴ったりする者もいたし、「アテナイの蠅」と呼ばれたりもした。 しかし、ソクラテスは人々に恥をかかせることを目的としていたのではなく、自分の主張することの根拠は確実かどうか常に気にしなさい、また自分の心の限界を知りなさい、そして魂を善い状態に保つ道徳的価値を求め、実行しなさい、というメッセージを伝えたかったのである。 とはいえ、そんな真意を理解できる者は、ソクラテスのシンパ以外にはほとんどいない。ということで、次第に彼はアテナイの有力者たちから恨みをかうようになり、挙句の果てには為政者や保守主義者たちからポリス神への不敬の罪、青年たちを堕落させた罪など言いがかりのような容疑をかけられて告訴されてしまった。 そして、市民からくじ引きで選ばれた数千人の陪審員を伴った裁判にかけられ、死刑という判決を受けたのである。