”育ての親”水谷実雄氏、引退した前田智徳氏との思い出を語る
アイツは皆の前ではやらん。一人でやる。毎日毎晩。江藤の部屋からは聞こえてこん(笑)。そんな風やから、江藤が10回怒られるところ、前田は1~2回。自然と怒鳴る相手は決まってくる。「江藤!江藤!」とな。そうしたら今度は前田が「江藤さんばっかり…」と、ひがんだりする。冗談まじりやけどな。 アイツはどんな時も野球から逃げることはせんかった。どんな時もグチひとつ言わんと、コツコツやっとった。だからあれだけの成績を残せた。2000本打った日、家に電話があった。ワシはその時、タイガースのファームのコーチをしとったから、早うに寝とったんじゃ。女房に「前田さんから電話」って起こされたんじゃけど、「どこの前田や?」って出てな(笑)。「(2000本安打を)打たせてもらいました。ありがとうございました」と言うとったわ。後日、ええもん持ってウチに訪ねてきてくれたわ。何をって?何やったかいなぁ。忘れてしもたわ。ワシ、忘れっぽいんや(笑)。とにかくええもんやったわ。 ■“涙のホームラン” 1週間おかしな顔だった 責任感も強かった。北別府の200勝まであと少しやった試合で大きなミスしたんは有名な話じゃろう。前田の後逸(巨人・川相の打球を中堅・前田が後逸も記録はランニングホームラン)で、北別府の勝ちをなくしてしもうた。そのあと、ホームラン打って、試合には勝ったんじゃけどな(北別府は勝敗つかず)。そん時は、そらすごい顔しとった。ホームラン打ってもな。1週間はおかしな顔しとった。おかしな顔いうのは、ニコリともせんのや。誰とも口きかん。要するに野球というのはミスの勝負なんやけど、ああいう舞台でミスすることは、彼には許せんこと。人に迷惑をかけるんが大嫌いな男じゃ。後ろにそらすような難しい打球じゃなかったけど、彼も人間。ものすごい悔しがっとった。悔しい気持ちが人一倍強いし、人に迷惑かけたくない気持ちも強い。守備は特にそう。人に迷惑がかかるからな。今の連中は悔しそうな顔をひとつもせん。ケロッとしとる。時代が変わったんかもしれんけど、野球は変わらんぞ。バットもボールも変わらん。