”育ての親”水谷実雄氏、引退した前田智徳氏との思い出を語る
一般的にバッティングというのは、よう打てて3割。なんぼ調子ようてもいずれ悪うなる時が必ずくる。その悪い期間をどんだけ短くするかが大事。ええヤツでも7割は失敗する。これでええ、ということはない。ずっと追いかけて終わるもんじゃ。練習、ゲームで学んでまた練習。それを何年も積み重ねる。いいバッターは何年も続けるが悪いバッターは1年で終わる。前田がある時こう言うとった。「水谷さん、1年はやるけど、それで終わる、続かん選手が多いんですよ、カープには」。嘆いとった。続けるには練習しかない。オフでも。前田は野球が頭から離れん。夜中まで苦しんで「こうすりゃよかった」と。だから練習する。 ■前田と江藤 前田は黙ってても練習した 人見知りするタイプやけど、礼儀正しい謙虚な性格や。ルーキーの時から観察力がすごいね。人のバッティングを見たり。見る角度のセンスもあった。前田と江藤。高卒で下位(前田が4位、江藤が5位)で入団した選手やけど、この二人は絶対に伸ばさんといかんと思った。カープは金がないからな。大物外国人は獲れんから。若い選手は差別はしたらいかんけど、区別はせんといかん。 この二人には、自然と練習もきつくなった。シーズンに入っても毎日キャンプと一緒や。ゲーム前でも早く来させて練習やった。アメリカンノック(外野を広く走らせるノック)もようさせた。特に江藤はバランスが悪かったんで、裸足で砂を掴むことをやらせた。前田はバランスがよかった。スイングが速うてなぁ。むしろスイングが速すぎて、そのスイングに体がついていかんで、体を痛めるようなことがあった。 当時、ワシも家族と離れ単身、カープの独身寮に入っとった。寮には前田や江藤のほかに野村、町田、緒方らもおって、ワシは前田と江藤の間の部屋やった。夜、寝ようと思ったら、隣の部屋から「ブーンブーン」って音がする。前田の部屋からや。江藤の部屋からは聞こえてこん。その音を聞いとると、段々音が変わってくるんよ。「ブーンブーン」という鈍い音から「ブンブン」になり、そのうち「シャリーン」というようなカミソリで紙を切ったような鋭い音に変わっていく。