”育ての親”水谷実雄氏、引退した前田智徳氏との思い出を語る
■切り替えができないタイプ 誤解も与えた 前田のようないところは、切り替えが瞬時にできんところ。例えばな、ゲーム中にピッチャーにやられると、ものすごい悔しい顔をするんよ。悔しゅうてたまらん顔をしようる。それで、センターに守りにいく時、時間がかかってしまう。それを周りから見るとチンタラしとるように見えてしまんじゃろな。前田の気持ちはワシにも痛いほどわかるんじゃがな。 ものすごく引きずるタイプ。尾を引く。切り替えがヘタクソ。だから、やり返そうと練習する。負けることに対する悔しさが、人一倍強い。「守りと打つのは別にしろ」と何度も諭したんよ。ただ前田の気持ちはほんまに、こっちにもようわかるんで、周りから「チンタラしやがって」と言われた時は、その人たちを自分がいなしたり、おさめたりしたこともあった。 相手ピッチャーにやられた時、やられ方が激しかった時、とにかく練習する。他の選手の比じゃあない。悔しさが原動力になっとった。ワシらが「練習せえ」とか言わんでもよかった。自分に対して妥協しない。とにかく練習量がすごかったんじゃが、悔しさが度を越すと、元気がのうなる。動けんなってしまいよる。それでもあんまり尾を引くようじゃったら、こっちも怒る。そのままやったら、バッティングの調子も落ちてしまうからのう。「10」のうち「6」までなら何も言わん。でも「5」以下になったら、調子を「10」まで戻すのに時間がかかるけぇのう。怒ってやるんよ。ほかの選手もそうやけど、落ちたら上がるのに時間がかかるけぇのう。その怒る指標は選手によって違うけどな。 前田に怒るのは、そういう時だけじゃった。技術的にも練習も、口出しすることが少なかった。練習方法も自分で考えて工夫して、いいやり方をしとった。他の選手には「何やっとんじゃ、オマエは」というようなんが多かったけど、前田は違っとった。前田から尋ねてくることもあったけど、ワシから「こうせえ」とか言うようなことは殆どなかったわ。