伊藤潤二の名言「…がいちばん怖い。」【本と名言365】
これまでになかった手法で新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。『富江』や『うずまき』をはじめ、数々の名作を手がけるホラー漫画家、伊藤潤二。画面に飲み込まれそうなほど美しく緻密な筆致、比類なき戦慄の物語で、世界中を震撼させるホラー漫画の旗手にとって「本当に怖いもの」。 【フォトギャラリーを見る】 私は人間、とくに自分自身の存在がいちばん怖い。 一体どれだけの人が、この妖しい世界に魅せられ、恐怖の沼にはまってしまったのだろうか。一度その沼にはまると這い出ることが許されないほど、伊藤潤二が描く世界は恐ろしく、奇想天外で美しい。デビュー作『富江』では、絶世の美貌を持った不死の少女、富江の虜になった男たちが次第に殺意を覚え、あらゆる手段で殺害を試みるも、何度も再生し増殖する富江に狂わされ、長編『うずまき』では、とある町の住民がカタツムリに変身したり、体がねじれあがったりする「うずまき」の呪いに巻き込まれる……。「緻密画の極致」とも呼べるほど圧倒的な描写力で描かれた奇奇怪怪な物語の源流には、伊藤自身が抱く「自分自身への恐怖」が根づいている。 「『自分』というテーマは私にとってよほど離れがたいもののようだ。自己愛性パーソナリティ障害、つまり『ナルシシスト』を恐れる感覚は、デビュー作の『富江』から一貫してあった。……自分が本当に怖いもの、出会いたくない存在を描こうとすると結局いつもナルシシズムに行き着くのである」 本書で自身の創作の原点についてこう綴った伊藤。最も恐ろしいのは、肥大化した自意識によって生まれる他者とのズレ。自分と他人が見ている世界の違いや、互いの思想の違いは、自分を認めようとするナルシシズムが膨らむほど大きく歪む。遂には他者と全くわかりあえなくなるほど修復不可能なまでに達した自己愛が、「富江」のような異形の存在のもとになる伊藤は語っている。 一方でそのような自意識は大なり小なり誰にでも持ち得るもの。「周りが常に自分を見ている気がする……」「もしかしたら自分の身にも起きるかもしれない……」さまざまな恐怖と自分自身を重ね合わせてしまう人間の性を、伊藤は誰よりも敏感に感じ取り、物語に昇華している。奇怪ながらどこか他人事と思えない作品たちの裏には、伊藤自身が恐れる「自分自身」の存在が潜んでいるのだ。