【イグ・ノーベル賞の日本人連続受賞は続くのか?】流行の分野に流れる研究開発費、目先の利益だけでは土台が崩れる
小泉氏は、「イグ・ノーベル賞もノーベル賞も本質的には変わらないもの。本当に新しい発見をするためには、自由な感覚が必要だ。自分が興味のあることへの強烈なパッションがなければ感性は磨かれない。イグ・ノーベル賞はその感性を見抜く賞だともいえ、ときにパロディー以上の科学の本質が見えている」と話す。 例えば、グラフェンの発見自体が「発見の本質」を示す好例だ。我々は鉛筆の原料であるグラファイトを使用して白紙に黒い文字を書いてきた。まさに世界中の人々が知らずにその恩恵に浴していたが、それがグラフェンという特殊な物質だと発見され、多くの研究者もその特殊性に気づいた。当たり前のように存在しているものを明確にするのが「発見の本質」だ。 グラフェンの発見はアンドレ・ガイム氏が10年にノーベル賞を受賞しているが、彼は「カエルの磁気浮上」で、その10年前にイグ・ノーベル賞を受賞している。この「カエルの磁気浮上」は、病院で一般的に使われているMRIの原理につながっているのだ。 また、長期の視点に立ち、優れたイノベーションを生み出すためには土台が重要だ。合田氏は「日本人は真面目で、学力も高く、発展できる土壌は備わっている。多様な研究ができる環境を整え、土台を強化していくべきではないか」と話す。
企業にも通ずる視点長期の投資がカギ
企業活動でも同様だろう。小泉氏の指摘する次の考えが参考になる。 「企業での研究も同じで、これまで『役に立たない』と思われてきた倫理などの問題をおろそかにしてきた会社は、今、そのツケにより危険な状態に陥っている。それは最近、ドイツの気鋭の哲学者、マルクス・ガブリエルによっても一つの倫理資本主義として指摘されている。目の前のことばかりを追い求めていては、バブル崩壊後の停滞からはどの企業も抜け出せない。将来方向にお手本があった時代には、日本特有の改良や改善が効率化に功を奏した。 しかし、今のように先が見えない時代には、短期間で『役に立つ』ことばかりに注力せず、土台となる基礎部分から長期の目線で投資していくことが必要なのではないか。 生成AIにしても、最近になってChatGPTが出現するまで多くの基礎研究があった。価値に気付く前の芸術作品と同じように、数十年の下準備の期間中は、AIがこれほどのインパクトを与えることは考えられなかった。だが、大きな価値が誰の目にも見えたとたんに、世界の大企業が一斉に投資を始め、商品も多数世に出ることになった」 今、研究開発に求められていることは、昭和の時代のキャッチアップ型モデルではなく、非連続的な進展や価値を生むものだろう。短期的な利益ばかりを求めず、長期の視点に立ち、将来の日本を見据えて、まずは土台を強化しなければならない。
野口千里